隊長からのお呼び出し
拠点に戻ったあと、それぞれが自分のペースで散っていった。
治療室では、天使さんが無表情のまま自分の指に包帯を巻き直し、ミヒロくんは彩葉さんに「もっと丁寧にやれよ!」と文句を言いながらも、しっかり手当を受けていた。
俺はロビーのソファに深く沈み込み、ただ手のひらを見つめていた。
あの黒い痕跡──残穢と呼ばれるものが、どうしても頭から離れなかった。
ふと視界に影が差し、顔を上げる。
「おかえり。初任務、無事に終えられてよかったね」
「柊華さん……」
声も、肩に置かれた手も柔らかい。
けれど、さっき言われた「見つかったかもね」という言葉が胸に刺さったままだった。
「……あれ、結局なんだったんですかね」
苦笑まじりに尋ねると、柊華さんはカップを静かに揺らしながら答える。
「“祟りの本流”に気づかれた、ってことだろうね。あいつら、そういうのは──匂いで、すぐ嗅ぎつける」
思わず息をつき、ぽつりと漏らす。
「……まだ実感がないです。でも、胸の奥がずっと熱くて」
「うん。それが“祓師”になるってことだよ。感覚が鈍らないようにね」
そう言って笑う柊華さんの奥に、俺は確かに何か鋭いものを感じ取った。
それでも、その笑顔はあたたかく見えてしまう。
「でもね。初めての現場で、よく頑張ってたと思うよ」
そう言い残し、コーヒーを飲み干した柊華さんは立ち上がって、
「ちゃんと、見てたから」
短い言葉だった。
けれど、それは確かに“認められた”ように感じられた。
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家に帰りつくと、ベッドに倒れ込む。
制服のジャケットを放り出し、ポケットからスマホが床に落ちたのも気にしなかった。
(……疲れた)
天井を見ながら、今日の出来事を何度も反芻する。
あの痕跡は、まるで俺に存在をアピールしているようだった。
「お前を見ているぞ」──と、じっと視られているような。
(皐月……もう、あんな思いはさせない)
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翌朝。学校は、昨日の惨劇なんてなかったかのように“普通”であふれていた。
「おい晃太郎!昨日、先帰ったろ? サボりか〜?」
隣の席の友人が笑いかけてくる。
でも違和感があった。
皐月の席が──ない。
「なぁ、皐月って……」
恐る恐る尋ねると、友人は鼻で笑った。
「皐月? 誰だよそれ」
背筋が凍りつく。
ふざけているのかと疑ったが、周囲の反応もまったく同じ。
胸の奥に冷たい恐怖が広がっていく。
そのとき、カツカツと硬い靴音が教室に響いた。
反射的に振り向くと──
「折笠、ちょっといいか」
神妙な面持ちの旬祢くんだった。眼帯で隠れていない左目の鋭い視線に射抜かれただけで、教室の空気が一気に張り詰める。
「お、おい晃太郎! 旬祢に何したんだよ!?」
友人が慌てて囁く声を最後まで聞くことなく、腕を掴まれた俺の体は旬祢くんへと近づいた。
「……こっち来い」
抵抗する余地もなく、俺は教室の外へと連れ出される。
背後で、クラス全員が息をひそめて俺たちを見送っていた。




