終わりのはじまり
「処理対象個体、あと十。配置、南西に三体──変動なし」
透さんの冷静な指示が、高台から戦場へ響いた。
俺も視線をそちらに向ける。木立の陰に、静かに扇を手に佇む影があった。
「……やっぱり“効いてる”わね」
彩葉さんの小さな囁きが、風に溶けて届いてくる。
彼女は義手の左腕を掲げ、扇をゆるやかにひらいた。
「──封肢・燐幻ノ誘」
淡い緑色の燐光が彼女の周囲に揺れ、蛇の文様が空気を這うように広がっていく。
その瞬間、祟りたちの動きが乱れ始めた。視線を泳がせ、足をもつれさせ、ついには仲間へ牙を剥く。
「錯覚を植え付ける。知覚の誤認……ふふ、こういうのが一番効くのよね」
彩葉さんの“香”が瘴気と混じり、戦場を支配していく。祟り同士が混乱し、次々と同士討ちを始めた。
「後方、異常個体多数。……やはり楠ですか」
透さんが小さく呟いたその直後、彩葉さんが声を張り上げる。
「トワちゃん、今よ! 動きが止まった!」
「はぁいっ♪」
トワさんが楽しげに飛び出していく。風のようにすり抜け、次の一撃を突き立てた。
「天使、顕現準備」
透さんの指示に、凛世さんは静かに頷いた。
首元のボタンを外し、祈るように手を組む。
《──封声・浄華ノ舞》
──カラン。
凛とした音とともに彼女の手の中に現れたのは、神楽鈴。
鈴が揺れるたびに淡い光の粒が零れ、足元には清らかな文様が広がっていく。
鈴の音が穢れを洗い流し、そこにいた全員がその瞬間、清らかさに包まれていく。
「……あぁ、やっぱりんりんの浄化は気持ちいいや♪」
トワが嬉しそうに笑い、再び戦場へ舞い込んでいく。
「後方、残り四体」
透さんの声が響くと、静かに柊華さんが前へ進み出た。
凛とした足取り。まるで王のような気品を纏いながら、彼は戦場を見渡す。
「……これ以上は、おいたが過ぎるかな」
穏やかな声音に、祟りたちの動きが一瞬、凍りついた。
柊華さんは低く、しかし澄んだ声で言葉を紡ぐ。
「──封覚・聖慈ノ冠」
その瞬間、空気が震えた。
清浄な光が彼の周囲に集まり、柊華さんの手には一本の薙刀。
白銀の刃が輝き、柄に刻まれた文様が淡く光を放った。
柊華さんは静かに薙刀を握り直し、一度だけ振り下ろす。
「……封祓」
刃が振るわれた瞬間、世界が一変した。
祟りたちは抗うこともできず、音もなく霧散していく。
それはまるで、“聖域”に触れたような絶対の祓いだった。
残ったのは静寂。戦場に不気味な静寂が訪れる。
「南端、異常なし。戦域、制圧完了。封印処理、完了」
透さんの無機質な声がこの戦いの終わりを告げた。
静寂を破ったのは、伸びをしながら立ち上がったトワさんだった。
「よ〜し、これで全滅……ん? あれ? しきみんは?」
俺も続いて辺りを見回す。
旬祢くんが通信端末に手を伸ばそうとしたが──
「もうこの場にはいません」
透さんが遮るように告げた。視線は高台から動かない。
「『活きがいいうちに帰るね』とのことです。あれが“最後の一発”だったんでしょう」
「マイペースだなぁ……」
俺が苦笑したそのとき、風が逆流するように吹きつけた。
天使さんが眉を寄せ、地面へ視線を落とす。
そこにあったのは──黒く燻る“煤”のような塊。
戦いは終わったはずなのに、確かに感じる異様な気配。
「……残穢か。しかも、強い」
京弥くんが跪き、塊に触れる。
「これは、この場にいた祟りのものじゃない。もっと……“深い”──別格の痕だ」
空気が張り詰める。透さんも目を細め、しばし観察したあと口を開く。
「……追跡不可。ですが、これは”意図的”に遺されたものかと」
ぞわり、と背筋を冷たいものが這い上がる。
喉がひゅっと鳴った音が、静けさの中でいやに大きく響いた。
「晃太郎くん、見つかっちゃったかもね」
そう告げたのは柊華さんだった。柔らかな声。けれどその奥にあったのは“確信”だった。
──わざと、残していった?
──俺を、見ている?
そう思うだけで、全身の血の気が引いていく。
誰も、それ以上は言葉にしなかった。
だが全員が理解していた。
──これは、まだ終わりじゃない。




