狂人
(一人で待ってるのも怖くないか!?)
その瞬間──
「下がってな、ボウヤたち」
重く低く響く声とともに、爆音のような銃声が空気を裂いた。
弾丸が祟りの触手を正確に撃ち抜き、黒い肉塊が地に落ちる。
「おぉ、やっぱ効くねぇ!“芥弾”は!」
恍惚とした声が頭上から聞こえる。見上げれば、長銃を片手に持つ白衣の男。
銃身からまだ煙が漂う中、肩を鳴らしながら興奮冷めやらぬ様子だった。
「こんな“新鮮な”祟りは素材としても、十分すぎる……!」
白衣の男は頬を歪め、祟りの黒い断面を舐めるように目で追う。
その狂気的な雰囲気に圧倒されていると、タッタッと軽やかな足音。俺の後ろから、弾んだ声が届いた。
「しきみん!ここにいたんだぁ!」
「おや、いてはマズイことでも?」
無邪気に手を振るトワさんに対し、”しきみん”と呼ばれた人物は苦虫を噛み潰したような表情で、しっしっと手を払った。
「あいつが蘆屋 樒。柊華さんが言ってた”異端児”だ。……お前も気をつけろ」
旬祢くんが耳元で囁くように呟く。
そんな小さなやり取りだったにも関わらず、樒さんは「心外だなぁ」と肩をすくめ、再び黒い触手に視線を戻した。
「僕はただ研究したいだけ──この貴重な素材を逃すわけにはいかないんだよ」
ピチピチと跳ねる触手をうっとりと見つめる樒さん。その背後に影が迫っていた。
「危ない!」
反射的に声が出る。周囲の空気も一気に張り詰めた。
しかし、樒さんが振り返る様子はない。
まるで息をするかのように背後に銃口を向け、
その引き金を──引いた。
炸裂音とともに放たれた銃弾は、触手を次々と撃ち抜き地に落ちていく。
あまりの速さに切断されたことすら気づいていないのか、触手は活きのいい魚のように動き続けている。
「さて、これをどうやって持ち帰ろうかな」
恍惚な表情で触手の一欠片を拾い、頬擦りする樒さん。その光景を目の当たりにして、背筋に寒気が走った。
(”異端児”というか、変人……いや、狂人?)
「まったく……いつも危なっかしいよ、樒」
「全てを解明するまで、僕は死ぬつもりはないですが?」
柊華さんが安堵と呆れで目を細める中、樒さんは舌なめずりをしながら得意げに銃を回した。
しかし祟りの湧出は止まらない。
這い上がる影はウジ虫のように増え、瘴気は濃度を増して辺りを覆う。増殖スピードは確実に増加していた。
「キリないだろこれ……っ」
思わず声を上げた俺の前に、小さな影が落ちる。
「いいから黙って下がってて」
「ミヒロくん……?」
俺の前に立ったミヒロくんの足元からは淡い光が浮かぶ。小さな身体を覆うように、虎の幻影が重なった。
重力に逆らうように髪がふわりと持ち上がると、光の中から短剣が現れた。
「 ──封命・裂牙ノ轟! 」
掛け声と同時に、ミヒロくんの身体が弾かれたように前へ。
稲妻のような踏み込みで触手を裂き、斬り払われた祟りが地を揺らして倒れ込む。
「──速っ!? 」
俺が目を見開く横で、トワさんはにこにこと伸びをしていた。
「んじゃ、トワもいっちゃおっかな〜♪」
軽やかに跳ねたトワさんの掌に、白光の輪刃が現れる。それをくるくると回しながら相手の隙へ──
「──封聴・跳躍ノ響」
頭上から振り下ろした瞬間、勢いのついた輪刃は祟りの頭部を吹き飛ばす。
小柄な体からは想像できない破壊力だった。
「ふふ、今日はいい感じかも♪」
その間を縫って、透さんが軽い身のこなしで高台に向かう。彼の手には冷ややかな光を帯びた白羽の弓。
「旬祢、右から二体。接近。」
「……見えてる」
透さんの指示に応じると、旬祢くんは眼帯にそっと触れる。
「──封視・禍祓ノ断」
まるで空を裂くような鋭さで地を蹴った。
その手にはいつの間にか刀が握られている。
「“ヤツの目”──見えた」
祟りの“核”を見抜き、一撃で断つ。
斬撃の余波が瘴気までも断ち切り、旬祢くんは既に次の標的へと身を翻していた。




