王子様ってこんな感じだったっけ?
「初対面のはずの自分の名前をなぜ知っているのか」と恐怖を抱きつつ、助けを求めるように隣のクラスメイトへ視線を向ける。
だが、目を逸らされた。なぜだ。
「俺が所属する欠位の隊員だ。全員、肉体や精神の一部を差し出すことで常人以上の強さを得ている」
「京弥から話は聞いてるよ晃太郎くん!あぁそうか、君が京弥の唯一のお友——」
「……それ以上言ったら首はねますよ」
旬祢くんは心底疎ましそうに言葉の主を睨むと、拳を固く握り締めた。今にも言葉通りになりそうな殺気を、ひしひしと感じる。
——が、王子様(勝手に命名)はおどけたように「京弥が反抗期だ〜」と泣き真似をしながら、隣にいた容姿端麗なクリーム色の髪の女性の背後に隠れた。女性は苦笑いを浮かべつつも、どこか放っておけない様子で「まぁまぁ」と窘めている。
「あ!自己紹介がまだだったね。俺は北王子 柊華と言います。特別祓師及び異常災厄封鎖処理部隊━━京弥が言う<欠位>の隊長をしています」
先ほどまでの泣き真似はどこへやら。
女性の後ろからひょっこりと顔を出したかと思うと、再び爽やかな笑みを浮かべた。
「…お、俺は折笠 晃太郎って言います!旬祢くんから”すごく強い人たちがいる”っていうのは聞いてます!」
緊張気味に名乗ると、柊華さんは「うーん」とわざとらしく首を傾げて目を瞑った。
(……あれ?なんか失礼なこと言った?)
「まあ、“強い”って言っても代償つきだけどね」
「あ、確か何かを差し出すって」
「うん。俺は”皮膚感覚”を差し出しちゃってるから──」
すると柊華さんは辺りを見回し、「あ、いいのあった」と軽く呟くと、ためらいもなく、
——右手の拳を金属製の柱に叩きつけた。
「ひぃぃっ……!」
鈍い金属音が部屋に響き渡り、拳からは血が滴り落ちている。だが、彼の顔には一切の痛みの色はない。
情けない声とともに横にいる旬祢くんを見るが、「いつものことだろ」とでも言うような表情。
「い、痛くないんですか…?」
恐怖で声を上擦せながら問いかけると、柊華さんは拳をゆっくりと開き、その溢れ出る血を左手の指先でなぞった。
「何も感じない。痛みも、熱さも冷たさも。たとえ敵の刃が俺の腕を切り裂いても、感覚としては無。だからこそ、痛みで動きを止められることはないけどね」
自嘲気味に笑う姿に、俺の胸は「この人はただ者じゃない」と警鐘を鳴らしている。
柊華さんはもう一度拳を握りしめたかと思うと、今度はそれを大理石のテーブルに叩きつけた。
骨が砕けるような、嫌な鈍い音が鳴り響く。
「まぁある意味、それを受容してでも祟りを撲滅させたいって思ってる、ってことかな」
穏やかなはずのその声には、そこはかとない恨めしさを孕んでいた。
「……柊華さん、あんまり怖がらせないでくださいね。はじめましてなんですから」
俺が衝撃で言葉を失っていると、先ほど柊華さんを窘めていた女性が、血まみれの柊華さんの手を包んだ。
それに反応するように、柊華さんは子どものように「はーい」と気の抜けた返事をして、拳をぶらんと下ろしていた。
その隣で、俺がふと彼女の左腕に視線を落とすと──
「……あ、腕……」
彼女の左手首から先は、“機械仕掛けの義手”だった。
金属の光沢を帯びた関節は、精巧だが、どこかちぐはぐさを感じる。
女性はその視線に気づくと、気まずそうに目を伏せ、すぐに微笑んだ。
「……ははっ、見ての通り」
その笑顔は、照れ隠しのようにも、気後れのようにも見えた。
「代償っていうのは、こういうことなんです。さっき柊華さんが見せたように」
精巧な義手を器用に動かしながら、女性は続ける。
「でもね、ただ失うだけじゃない。それでも守りたいものがあったから、私たちはここにいるし、後悔もしてない」
俺は初めて“欠位”という言葉の真意を、その恐ろしさを、自分の肌で実感した気がした。




