欠位との遭遇
試験室の重たい扉が、ギィ……と鈍い音を立てて開いた。
そこから足を引きずるようにして出た俺は、思うように呼吸が整わず、額を伝う汗を拭う余裕さえなかった。意識はまだ靄がかかっていて、どこからどこまでが現実なのか自分でもわからない。
──ただ、足元に力が入らない。
まるで、全身が鉛に変わったかのようだった。
そんな産まれたての小鹿のような俺があまりに不憫だったのか、壁際に立っていた旬祢くんはすぐに駆け寄ってきた。
「……疲れただろ」
「ははっ……うん、正直想像以上だった」
どうにか言葉を絞り出し、乾いた笑みを浮かべる。まともに笑えていた自信はない。でも、試験を終えたという実感だけは、確かに胸にあった。
「無理はない。あれは精神を一度壊されるからな」
「壊される……?」
不穏な響きを含むその言葉に、俺は思わず顔を上げる。
旬祢くんは嫌な記憶を呼び起こしたかのように眉をひそめ、視線を外すことなく静かに続けた。
「強さを得るには……一度壊す必要がある。自分の限界も、弱さも、見たくない部分もな。通過したことに、誇りを持て」
その声には、これまでにない重みと、どこか“俺自身”への期待が込められているように感じた。
俺は、ただ黙ってうなずくことしかできなかった。
幻とはいえ、皐月を突き放してしまったから。
「……少し、寄り道するぞ」
「寄り道?」
「会わせたい人間がいる。お前にとって、今後きっと必要な出会いになる」
言葉を選ぶような声音と、まっすぐな視線。
それだけで十分だった。俺は小さく頷き、足元のふらつきが残りながらその背中を追った。
エレベーターの前で足を止めた旬祢くんが操作パネルに手をかざすと、機械音が鳴って扉が開く。
中に入ってしばらくして、エレベーターが静かに下降を始めた。
「……この先って?」
「「“D区画” ──欠位専用のフロアだ。ちょうど、集まりが始まっている頃だと思う」」
「く……区画、って何?」
「特災庁はAからFまでのエリアで用途が別れてる。覚えておいて損はない」
やがて、金属音とともにエレベーターが停止する。扉の先には無機質な廊下が広がっていた。
その奥に構えられた鉄扉。まるでここが、世界の一線を隔てる結界のように見えた。
旬祢くんが認証装置に手をかざすと、低く、重たい音を立てて扉が開いていく。
──その先にいたのは、数人の男女だった。
年齢も風貌もばらばら。にもかかわらず、そこに漂う空気は異様なほど張り詰めていた。
俺は思わず、呼吸を忘れそうになる。
(この人たち、“普通”じゃない……!)
一歩でも油断したら、即座に殺される─
ただの警戒じゃない。これは、“殺気”だ。
不用意な一言や動きで、命を落とす。そんな直感的な恐怖が背筋を駆け抜ける。
本能的に、俺の背中を冷たい汗が伝った。
そのとき──
部屋の中央に座っていた、一人の青年が静かに立ち上がった。
ふわりと揺れたミルクティー色の髪。その柔らかな微笑みは優しそうなのに、どこか芯があって、妙に目を引く。……なんというか、王子様みたいな人だった。
そして、彼は俺に向かって微笑みながらこう言った。
「ようこそ、折笠 晃太郎くん。──“欠位”一同、歓迎するよ」




