第一話 からっぽ
レイン……お前ならできる。魔術師となって、世界を救え……そしてこの世の全ての人間を────
とある民家に水色の髪というところ以外はこれといった特徴の無い、普通の少年がいた。
そしてその少年はただ祈っていた。真剣に。
今、彼は己の人生の分岐点に立っている。
「大丈夫、今まで僕は頑張ってきた」
何故彼が家でこんなにも祈りを捧げているのかという問いには、まず彼とこの世界について詳しく話す必要がある。
この世界の人々は『魔法』という力と共存している。
『魔法』とは全ての動物の体内に流れる魔力というエネルギーを消費して火、水、草、雷、光、闇を操ることだ。
人々はこの力を生活のサポート、国の発展、そして何より戦いに使った。
しかし、普通の魔力では『魔法』を使う事はできない。
どういうことかと言うと、『魔法』を使うために魔力は膨大な量が必要となり通常の魔力では魔法を使う事はできない。そこで突如肉体に起こり魔力が何十倍にもなる「魔力の活性化」がなければ基本的に『魔法』を使える魔力量に届かないのだ。
そして現在人間には16歳以降の魔力の活性化は確認されていない。
そして先程から祈りを捧げている少年の名前はレイン・エヴァーゲイン。とある出来事から彼は魔法を使って戦う魔術師になることを夢見ている。
彼の年齢は15歳。今日で16歳となる。
そして彼に魔力の活性化はまだ起きていない。
つまり彼にとって今日は魔力の活性化が起こる最後の日、魔術師になる権利があるかどうかが決まる日ということだ。
「僕が産まれた時間は22時。それまでにどうか、どうか……」
レインは祈りを続ける。そんな彼を見兼ねたレインの母親ミサが優しく声をかける。
「大丈夫よレイン。あなたは優しくて頑張り屋で本当に良い子なのよ。神様があなたを見捨てることはないわ」
「ありがとう……母さん」
そして来たる22時、レインはいつも通っていた教会に立っていた。
ここで神父に魔法を使える魔力量か確認してもらえる。それ故にここの神父には長くお世話になっている。
レインはこれまでにないほど教会の扉が重く感じた。指先が震えている。
しかし、彼は貧血になったようなめまいがしつつも心は緊張より己の明るい未来を見るかのような希望が上回っていた。
ついに教会の扉を開き、一歩一歩赤い絨毯を踏みしめた。
神父がレインの存在に気づき声をかけてきた。
「おお、レインじゃないか。そうか、今日が最後の日だな……」
レインはコクリと頷いた。
神父は魔力を測定する機械が置いてある部屋に彼を連れていきながら思い出を語る。
「お前は毎月魔力を測定しにきて、10歳までは魔力が活性化しないその度に泣きじゃくってたよなあ。毎日ここに祈りを捧げにきて、いっつもボロボロの魔導書を持ち歩いてたのも覚えとる」
「全部、見てたんですね……」
「ああ、わしはこの村の子供達みんなを孫のように思っとる。愛する孫の成長を見守るのが何より楽しいんじゃ。応援しとるよ」
レインは少し泣きそうになった。
自分は愛されて、期待されていると知って。
自分を期待してくれる人を裏切らないために、自分の“目標”のために、彼は絶対に魔力の活性化をしていなければならないと思った。
そして彼は魔力測定機の前に立った。
神父はそれと同時に先程の優しそうな顔とは打って変わって威厳のある勇ましい顔になった。
「レイン・エヴァーゲイン、これから魔力の測定を始めます。右手を水晶の上に……」
レインは恐る恐る右手を水晶に置いた。
神父は魔法を唱えた。
「光魔法 魔力測定」
神父が魔法を唱えたあと、部屋の中に魔力測定機のピッピッという独特の機械音のみが繰り返し流れ続ける。
レインは今が人生史上最も心の臓が激しく脈打つ時だった。
ハァ、ハァ
呼吸が自然に早くなる。何度もしたことだが今回はもう後がない。
これが正真正銘最後の測定だ。
苦しい、もしこれでダメだったら……そう考えるとレインは胸が痛くなった。
そして────
ピー
測定が終了し、レインは神父の顔を見た。そして、絶望した。
神父は一筋の涙を零していた。
「レイン……エヴァーゲイン……魔力量、132……」
攻撃魔法を一度使うために必要な魔力は1500以上。「魔法測定」のような非戦闘魔法でも250程度は必要。
嘘でも魔法を使えるとは言えない数値の差だった。
「ア、ハハ……ウソ……」
現実を受け入れることができなかった。レインは膝から崩れ落ちる。
目の前がぼやけて見えない。おそらく彼は6年ぶりに泣いた。
神はレインを見捨てた。もうチャンスもない。
神父はレインを抱きしめた。強く、彼を慰めるために。強く、彼に何もしてあげれない自分を戒めるように強く抱きしめた。
レインはひとしきり教会で泣いた後重い足取りで家へ向かって歩いていた。
「僕はこれからどう生きれば良いんだろう……」
15年間魔法に全力を注いでいた。しかし、それらが無意味となった今、レインには何も残っていなかった。
やはり胸がポッカリ空いたような絶望感は拭いきれない。
だが、そろそろ元気を出さなければ。自分のことで母親を心配させるわけにはいかない。
とレインが考えているとある違和感に気づく。
「(……?村がいつもより騒がしいような……)」
こののどかな村の夜は静かなのだが、今日はなんだか騒がしい。
前からレインの家の近所のおじさんが走ってきた。
「ああ、レインか!早く逃げろ!あっちから変な軍隊がやってきてよお、いきなり家に火ぃ放ちやがった!」
おじさんが指を指した方向はたちまち真っ赤に燃え上がった。
軍隊?どういうことだ!?と、レインが疑問に思ったのも束の間。
すぐ彼はとんでもないことに気づいた。
「か、母さんが!!」
火が放たれた方向はレインの家があるところだ。
レインが思わず駆け出すとおじさんに腕を掴まれ止められた。
「レイン!何考えてるんだ殺されちまうぞ!ミサさんもきっと先に逃げてるはずさ!さあ、早く逃げるぞ!」
「もし、もしも母さんが死んだら!僕は何もない人になる!そんなの嫌だ!」
おじさんの腕を振り切りレインは全速力で駆け出した。
今にも倒れそうなくらい前のめりで、水をかくように腕を振り回して走った。
靴が脱げようが、植木の枝に切り傷をつけられようが、彼は止まらなかった。
「母さん!母さん母さん母さん母さん母さん!!」
レインは元々孤児だった。彼自身も覚えてないほど小さな時に、ミサが拾ってくれた。
ミサはまるで本当の親のようにレインを愛した。
毎日彼のために働き、彼のために料理をつくった。
レインも、ミサの愛に応えるために育ち続けた。
もはや二人の間に血の繋がりは関係ない。強い愛で固く、強く結びついていた。
しかし今、その繋がりまでも断たれようとしていた。
それがレインは受け入れられなかった。今この瞬間は魔法がどうのは関係ない。
家にたどり着くまで何度も転びながら走った。
そして────
レインに目の中飛び込んだ光景は、燃え上がりもはや家とは呼べない自分の家だった。
「……ッ!!」
怒り、絶望、恐怖。さまざまな感情が彼の中で交差していた。しかし、それでも母親を救うという意志は変わらない。
レインは走り出し火の中に飛び込む。あまりにも強い熱に囲まれ、もはや痛みを感じる熱さだったがそれでもゆっくりと歩んでいく。
歩いていくと火の海から燃える前は台所だった場所に抜け出した。
そこに立っていたのは黒い軍服を着て赤い不気味な仮面をつけた男だった。
そばにミサが倒れている。
「母さん!」
思わずレインが叫ぶと男はこちらに気づき言った。
「なんだ……まだ生きてるやつがいたのか?……いや、ちょうどいい。新魔法の実験に手伝ってもらおう」
そういうや否や男はミサに魔法をかけた。
「特異魔法 人体魔物化」
ミサの体はメキメキと音を立てて人間の可動域を軽く超えた動きを始め、団子のように丸くなっていく。
そしてグチュッという音の後、紫の蜘蛛のような怪物に変わった。
ミサだったモノは目のような器官から液体を流し言った。
「レレレレイン……ゴゴ、ゴメんなざイイイ」
男はクックックと笑いながらレインに言い放った。
「roos valdomiia!(さあ、実験開始だ!)」