過去へいけるでしょう?春の、新月の晩に
早めに書けたので投稿します。
7話
「ここが、雪山で一番大きな湖です。春になっても溶けません」
雪女が案内してくれた場所、分厚い氷が張った湖の向かいに、ちょうど花畑があった。
そして、皆の視線の先に、花畑で寝そべる巨大なネズミがいた。
「あれは、ネズミというより、巨大なゾウですね。いったい何を食べたら、あんなに太るのか、僕には想像も付きません。あの大口から炎を吐かれたら、ひとたまりもないでしょう」
タタンが顔をしかめて言うと、雪女が悲しそうに頷いた。
「ええ。鋭い牙まであるんです。剥きだして威嚇するんですよ。雪の月花さえ摘ませてくれれば、住み着いたって構わないんですけどね」
「えっ、そうなんですか?」
ラータが驚いて雪女を見上げると、雪女は、寂し気に言った。
「ええ。別に追い出したいわけじゃないんですよ、ただ困っているだけです。御近所さんがいるのは、嬉しいものですからね。仲良くできたら、それが一番です」
「ふむ」
ラータは、腕を組んで首を捻った。
ここへ来る前に美少女に化け戻ったが、それを見た雪女は、青い目を見開いて感嘆の声を上げた。
「まあっ!!すごいっ!!まるで手品。化け猫を見たのは、初めて。本当にいたなんて!」
そう言って、タタンに目を向けた。
「もしかして、あなたも化け猫?」
「そうですよ」
別に隠す必要もないので、タタンは、あっさり認めた。
すると、雪女は、赤ちゃんアマガエルたちにも目を遣った。
カエルたちは、心底びっくりしてゲコッゲコゲコッと、すぐさま否定した。
「この子たちは、本物のカエルです」
タタンが苦笑して教えた。
「ただ、過去・現在・未来を自由に行き来できる、不思議な力を持っているので、普通のアマガエルとは違います」
赤ちゃんアマガエルたちが、「そうだ、そうだ」と頷くようにゲコゲコッと鳴いた。それで雪女は、尊敬の眼差しでカエルたちを見つめた。
「まあっ!!なんて素晴らしい力でしょう!」
この時やっと雪女の笑顔が見られた。
しかし、炎ネズミのせいで、またもや顔が曇った。
「……仲良しになりたいなら食べちゃダメですね……」
数分後、ラータが肩を落として言った。
口の中は、ネズミの味を欲していたが、諦めるしかない。
(雪女さんは、一人ぼっちで、きっと、とっても寂しいんだわ……)
作戦を変更するつもりはないが、食べる事は断念した。
タタンは、じっと考え込むラータを窺っていたが、決意を固めた瞳に変わったのを一目で気付いて、すぐに尋ねた。
「さて、どうする?食べない方針に決まった?」
タタンとしては、そうであって欲しいと願ったし、雪女と赤ちゃんアマガエルたちも同じだった。
「はい、丸焼きにするのは諦めます!湖に落っことすだけにします!食べませんけど、反省して貰わなくちゃ!」
皆が願った答えを、はきはきと答えてくれた。しかし、不穏な単語が混ざっていた。
「湖に落とす!?」
雪女は仰天して、穴のあくほどラータを見たが、タタンと赤ちゃんアマガエルたちは驚かなかった。
予想した通りになって、タタンが険しい目付きで厳しく言った。
「ラータ、君の考えは読めているよ。岸辺から攻撃させて、炎で氷を溶かするつもりだね?でもね、この氷は、君が考えるより、ずっと分厚い。溶かすのに時間が掛かる。その間、誰が、湖の真ん中に立つの?誰が、挑発させる?誰が、囮になるの?まさか、君じゃないよね?」
ラータが答える前に、雪女が口を開いた。
「まあっ!!そんな方法があったのね!!」
そして、顔を綻ばせて続けた。
「それなら、私に、もっといい考えがあります!この湖は、春が来ると、新月の晩だけ溶けます。月明かりが消えて、星明りの輝きが増すと、湖を取り囲む木々に、春の水が行き渡る!木々たちに栄養を与える水で、私も汲みに来るんですよ」
ラータたちは静かに聞き入っていた。
しかし、春を待って、新月の晩まで待っていたら、クリスマスイブは終わってしまう。
「あのう……クリスマスに間に合わないと思います」
ラータが遠慮がちに口を出すと、雪女が、ふふっと笑って、赤ちゃんアマガエルたちを見遣った。
「過去へいけるでしょう?春の、新月の晩に」
ゲコッ!?ゲコッ!? ゲコッ!? ゲコッ!?
赤ちゃんアマガエルたちが、小さな目を皿にして大きく鳴いた。