第2話 There is a Santa Claus.
“Is there a Santa Claus?” 『サンタクロースっているんでしょうか?』
この質問は、当時八歳だった少女、バージニアが、
アメリカのニューヨーク・サン新聞社に送ったものでした。
今から百年も前の話です。
この質問は、社説に載り、多くの人に感動を与えました。
この質問に答えた記者フランシス・P・チャーチの答えが、 There is a Santa Claus.でした。
依頼と言われて、タタンは、悔しそうに口を噤んだ。
ラータも、弱り果てた顔をして尋ねた。
「ルラさん、クリスマスは明日です。どうして、イブの夜に、このような依頼を割り振るんです?」
聞いた後で、ラータは、はっと気が付いた。
途端に愛くるしい表情を崩して、両手で口を覆った。
そして、恐る恐る尋ねた。
「まさか、根古多村の家中の煙突を、見張るわけではないでしょう?」
ラータが青ざめると、タタンも苦虫を噛みつぶしたように、ルラを凝視した。
しかし、ルラは、爽やかな笑みで満足そうに頷いた。
「その通りだ。君は実に感が鋭い。流石は僕の助手だ!そして、この上なく優しい。きっと見つけられるだろう」
「そんな!!あんまりです!!」
ラータは、悲鳴を上げて、真っ白な化け猫に戻った。
その毛並みは、眩いばかりの美しさで大変な美猫だったので、カエルたちは一瞬見惚れた。
しかし、すぐにピョンピョン飛び跳ね、タタンの背後に隠れてしまった。
「ルラさん、もう一度言わせて頂きますが、今夜はクリスマス・イブです。雪も降っています!私たち、氷猫と氷ガエルになります。それに、昨夜、巨大な鮪ローストと、高級鰹節入りのネズミケーキを作ったんです。生クリームをたっぷり使った、極上のクリスマスケーキです。クリスマスディナーが、私を待っているんです!!」
ルラとタタン、それからカエルたちも、取り乱すラータを見たのは初めてだった。
よほど楽しみにしていたようだ。
ラータは、子猫の頃から優秀で、人里へ遊びに行っても人間に見破られたことは一度もない。
人に化けても温和な性格で、どんな時も笑顔を絶やさない。
犬に見つかり匂いを嗅がれても、見逃して貰える程だ。
これを小耳に挟んだルラが、ラータをスカウトしたのは三年前、17の時だった。
ラータが微笑むと、化け猫だけでなく、野良犬も笑顔になる。
どんな時でも柔らかな口調で話し、穏やかな銀色の瞳に優しさを湛えていた。
しかし今は、雪のような毛を逆立てて、ふーふー言っている。
おそらく無意識だろう、普段怒る事がない為か、怒り方が分からないようだ。
ラータは、自分の憤る声に戸惑って、恥じ入るように、大きな瞳をぎゅっと閉じた。
そして、桜色の唇を噛んで俯いてしまった。
「可愛そうに」
タタンは、ラータに近付いて、穏やかな口調でさりげなく労った。
「君は、本当に優しいね。ルラは、どんな事件も解決してきた名探偵だ。ルラに見込まれた君に、僕は尊敬の念を抱いてる」
タタンに褒められて、ラータが、そうっと顔を上げると、タタンが、眉尻を下げて謝った。
「ルラが、また我儘を言って本当にすまない。ルラの傍にいると、僕たち苦労が絶えないね。でも、信頼の証拠でもある。それに、君がパートナーで、僕は嬉しい。いつも心強いんだ」
カエルたちも、再びラータの足元に集まっていた。
ラータは、気持ちが楽になり口元に微笑が戻って、ぱっと赤毛の美少女に戻った。
そのタイミングを見計らっていたのか、ルラが、無遠慮に切り出した。
「機嫌が直って何よりだ。元気になって良かったよ。それで、早速だが」
カエルたちも、流石に腹が立ったのか、ゲコゲコッゲコゲコッと苦情の鳴き声を発した。
しかし、ルラは、耳を貸さずに依頼のあらましを説明し始めた。
「人間たちの間で、クリスマスの時期が近付くと繰り返し読まれる人気の本があるらしい。それを読んだ子猫たちが、母猫たちに聞いたそうだ。【サンタクロースが本当にいるんなら、どうして僕らの村に来てくれないの?人間の子供たち限定なの?】母猫たちは、思案に余って事務所を訪れた。その際に見せて貰ったのが、これだよ」
それは、縦19センチ、幅14センチほどの小さな本で、表紙にサンタクロースが描かれていた。
「拝見しても?」
尋ねたラータに、ルラが微笑んで手渡した。
「どうぞ。僕も読んだけど、素敵な本だよ。ある新聞社が、子供の質問に答えた実話なんだ。サンタクロースが本当にいるのか、尋ねた女の子に返事をしたんだ」
遣り取りを聞いていたタタンは、乾いた笑みを浮かべると、口を歪めて言った
「それは、随分と可愛い話だね。いるわけないのに。でも、人間の国には、いるかもしれないね。僕たちの知らない事が、たくさんあるから。だけど、化け猫の村に、サンタクロースはいない。だから、サンタクロースが来ることもない。子猫たちに、そう答えてあげたらどうだろう。現実を知るのは、大事なことだよ。意地悪で言ってるんじゃない。真実を伝える。僕らは探偵なんだ。さあ、これで万事解決だよ。ルラ、君は、存在しない人物をどうやって見つける気だったの?今回は、ちょっと無責任だね」
ペラペラとページを捲って熱心に読んでいるラータを見つめて、タタンも本を覗き込んだ。
「さて、人間の記者さんは、なんて答えたのかな?」
ちょうど読み終えるところだった。最後のページを読んで、タタンは目を丸くした。
『サンタクロースがいない、ですって?とんでもない!
うれしいことに、サンタクロースは、ちゃんといます。
それどころか、いつまでもしなないでしょう。
一千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、
いまとかわらず、よろこばせてくれることでしょう。』
「へええっっ!サンタクロースって、随分と長生きだね。化け猫より寿命が長いなんて驚きだよ。僕たちだって、寿命はあるのに、サンタクロースは不死じゃないか!人間の記者さんが嘘をつく筈ないから、サンタクロースって、本当にいるんだね。今世で一番の驚きだよ。すごいなあ。サンタって、この表紙そっくりなのかな。僕も一度、会ってみたいな」
タタンが、すっかりサンタクロースに魅了された様子なので、ルラが、にやにやして言った。
「探せばいいじゃないか。サンタクロースはいるんだから、探せない理由は無いだろう」
パタンと本を閉じる音がした。
「分かりました。煙突を見張ります」
ラータが顔を上げて言った。
「見張る事に意味があるんですよね?明日、子猫たちに話せますものね。今年は捕まえられなかった。でも、来年は捕まえられるかもしれない。だって、書いてありますから」
ラータが、もう一度本を開いて、そのページを音読した。
『ためしに、クリスマス・イブに、パパにたのんでたんていをやとって、
ニューヨークじゅうのえんとつをみはってもらったらどうでしょうか?
ひょっとすると、サンタクロースを、つかまえることができるかもしれませんよ。
しかし、たとい、えんとつからおりてくるサンタクロースのすがたがみえないとしても、それがなんのしょうこになるのです?サンタクロースをみた人は、いません。
けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。
この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから』
タタンが「ああ、そういうことか」と呟いて納得した。
「サンタの姿が見えないのは、いない証拠にならない、か……その通りだね。見た人がいないのは、いない証明にならない、ね……全くだよ」
タタンは、にやつくルラを見据えて言った。
「子猫たちの質問は、【サンタクロースが本当にいるんなら、どうして僕らの村に来てくれないの?人間の子供たち限定なの?】だったね。今夜見えなかったとしても、それは来なかった証拠にはならない。人間の子供たち限定の証明にならないってことだね。一晩中見張ったと報告できればいいんだね。それなら、僕が一肌脱ごう。ラータは帰すんだ。若い子に一晩中外で見張りをさせるなんて、極悪非道な考えだよ」
タタンが睨み付けると、ルラは、一瞬だけしかめつらになったが、「分かった。君だけでいい」と承諾した。
「ラータ、君は帰っていい。僕も我儘が過ぎたね。悪かったよ」
ルラが珍しく思いやりをみせたが、ラータは力強く断った。
「いいえ、私も見張りを手伝います。私も会ってみたいです。本当に、もしかしたら、ひょっとすると、サンタクロースを捕まえられるかもしれません。だって、見えない根拠も、捕まえられない確証も、ありませんから」
すっかり上気した顔をして、ラータは言い切った。
「おおっ!君なら、そう言ってくれると思っていたよ。がんばりたまえ」
ルラは、にこにこして喜んだが、タタンは、顔を顰めてラータを見た。
「いけませんか?邪魔はしません」
ラータが、おずおずと尋ねた。
タタンは、肩を竦めて大きく溜息を吐いた。
「分かったよ。君もおいで」
「ありがとうございます!」
ラータが、嬉しそうに頭を下げると、タタンが一言付け加えた。
「はしゃいで屋根から落ちないようにね」
もしも、自分の子供に、「サンタさんって、ほんとにいるの?」と聞かれた時は、この本を読んできかせようと思います。
もちろん最初に、「サンタさんは、ちゃんといるよ」と答えてから。




