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7. シオネ・キッカ・ストゥルターナ①

★シオネ・キッカ・ストゥルターナ視点



 物心ついたとき、最初に理解した母親の言葉は『お前が男だったら良かったのに』だった。


 正直、当時の幼い私は、毎日のように投げかけられるその言葉の意味を理解できなかった。


 だから、あんな陳腐で、無邪気な返答が出来たのだ。


「だったら私、男になる」


 その言葉を聞いた母は余計に苦しそうな表情を浮かべた。


 ただ、それ以降、母は私に男だったら、と口にすることは無くなった。


 私はそれを母が納得してくれたのだと受け取り、男としての生きる道を歩み出した。


 男の子の格好をし、荒っぽい言動を吐いた。


 武芸に勤しみ、常に一番になるために努力していた。


 たまに、多くの従者を引き連れて現れる父はそんな私を見て、男の子達に「お前らも見習え」と笑っていた。


 私はそれを聞く度、誇らしい気持ちになり、余計に努力をした。


 対照的に母は暗くなり、笑うことが少なくなっていた。


 それから数年が過ぎた頃。


 やっと私はとある事実に気づいたのだ。 


 本当は、自分は望まれた存在では無かった、ということに。


 


★ 


 私、シオネ・キッカ・ストゥルターナは、ストゥルターナ惑星を統治する四大王家の中の一つ、キッカ家の王女だ。


 といっても、名ばかりの十八番目の王女の為、あまり重要視はされていない。


 兄弟は全部で二百十三名、男は百十八名もいるので私なんかお飾りでもないのだ。


 生活は名誉ある王家と言えど、私と母は二等市民と同じくらいの生活基準を送っている。


 母の乱心もあり、〝隔離(かくり)〟されていると言っても過言では無い。


 それでも、この星から言えば贅沢な暮らしだ。


 大きな家で使用人は複数人いるし、食事も絢爛である。


 だが、母はそれが気に食わないようだった。


 いつも使用人にあたっては、屋敷内で問題行動ばかりを起こしていた。


 私は母が騒ぎ出したら、使用人に呼ばれていつも止めに行くのが日課のようになっていた。


 急いで現場に到着すると、母は自室で杖を使い、使用人をいたぶっていた。


「母上、落ち着いて下さい」


 私が間に割って入る。


 そうすると、使用人達はそそくさと退散していく。


 感謝の言葉を述べられたことは一度もない。


 まあ、私の母が原因だ。


 感謝を求める私もどうかしているか……。


 母は鬼の様な形相で、

 

「お前が女だったせいだ! 私はそのせいで——どんな惨めな思いを受けてきたか!」


 私の胸ぐらを掴みながら、いつものように呪いのような言葉をかける。 


 弱々しい彼女の手は、私を揺さぶれる程の力を有してはいない。


 振りほどこうと思えば、簡単に振りほどけるだろう。


 だが、私は……。

 

「申し訳ありません……」


 その言葉を吐くことしか出来なかった。


 その言葉しか知らないからだ。


 不満はある。


 言いたいことだって、山ほど合った。


 だが、私は口にしない。


 母はそれを聞いて自身の正当性を再認識し、満足そうに杖で思い切り私を殴ってくる。


 それを突っ立って全身に受けながら、私はただただあることを思い浮かべるのを慣例としていた。


『私が生まれたのは、この母の憎しみを一身に受ける為だったのか』


 当時私は十二歳、そんなことばかり考えていた。




 


 そんな私にも楽しみというものが出来た。


 それは王家の血筋を引く者達が集う、学校に通うことだった。

 

 ストゥルターナでは王家を含む、王家の血を引く者達——血統者(グドワン)と呼ばれる者達が惑星の治安維持に携わっている。


 その為、ストゥルターナでは全国各地から幼年期から青年期の血統者(グドワン)を適正に応じてそれぞれの教育機関に集め、軍人として教育を施すのだ。


 その教育機関は純血舎(チャーキ)と呼ばれ、大量の資金を投じられた施設と教育内容の華やかさからテレビやドラマ、映画の題材ともなっており、王家の血を引く崇高な者達の研鑽を研ぐ至高の場として、ストゥルターナに住まう者なら誰でも憧れの対象である。


 所詮私は乱心し、隔離された母のお守り役……。


 キッカ家からも鼻つまみ者扱いされる私が入学することは適わないであろうと思っていたのだが、数年間顔も見ていない父であるキッカの王が、純血舎への推薦状を書いてくれたことを知った。

 

 私はそれを聞いて、久しぶりに胸を躍らせていた。


 あのおとぎ話のような純血舎に入学出来るのだ。


 まるで、物語の一人の主人公になった気分だった。


 私は疎ましい母の居る環境から逃げ出せるという喜びも勝り、自身の与えられた役割など忘れ、意気揚々と入学の準備を進めていた。


 最も素晴らしい点は純血舎は全寮制であり、入学した時点で社会から一人前と認められ、給料をもらえることだ。


 私には給料をもらったら、必ずやりたいことがあった。


 今まで誰にも口にしたことのないような夢だ。

 

 私は疎ましい母の居る環境から逃げ出せるという喜びも勝り、自身の与えられた役割……母のお守り役など忘れ、意気揚々と入学の準備を進めていた。


 教育期間は十三歳から始め、十九歳に終了となる


 つまり、私には憧れのような場所で過ごす時間がたっぷり六年間もあるわけだ。

 

 卒業後、私は治安軍に配属され、第三王女からただの二等市民となることが出来る。


 そうしたらもうこの忌々しい家に帰ることは無い。


 そう考えると、今までの苦労も報われるような思いだった。






★  

 入学式を終えてからは、夢のような日々だった。


 ここでは私に暴力をふるう存在もいないし、家柄よりも勉学や武術の成績が一番に評価される。


 私は元々は王家の血筋の濃い人間だが、お飾りで微妙な立場だった。


 今までの鬱憤を晴らすように教育に集中すれば、成績は常に一番をマークし続けることが出来た。


 その事は父——キッカの王にも伝わり、激励の言葉をかけられるまでに至った。


 王家の血筋の濃い人間達——特にキッカ家の面々からはあまりいい顔はされなかったが、私はそれを起爆剤として更に研鑽を続けた。

 

 初等部と中等部での成績はトップを維持し続け、そのどちらも首席として卒業した。


 残されたのは高等部だ。


 友達も沢山出来たし、私はこのまま平和で素晴らしい日々が続くのだと思っていた。だが、それは間違いだったのだ。


 ある日、趣味のショッピングで町を訪れた時に目にしたニュースによって、全てが変わった。


『緊急速報です! 四大王家が会合中、テロが発生しました!』


 その内容は、この惑星の統治者である、四王家の内、三つの王家が壊滅したと報じるニュースだった。


 そして——。


『残ったのはキッカ王家のみとなり、このテロ事件の関与が疑われ——』


 キッカ家の没落は詩は、そこから始まっていった。




★ 


 四つあった王家の内、残ったのはキッカ王家のみだった。


 ということは、今後はストゥルターナの統治はキッカ家のみが執り行っていく形となる……そんな単純なものでは無かった。


 そもそも、四大王家は絶妙なバランスの元成り立っていたのだ。


 互いに牽制し合い、独裁が起きないように注視しあっていた。


 そのバランスが崩れた今、怒りの矛先は唯一残ったキッカ家のみに向けられていた。


『キッカ王家が一つだけ生き残ったのはおかしい、これはキッカ王家の陰謀だ』

『我々はキッカ家の独裁に屈してはならない』

『キッカ王家はこの惑星を地獄に変えようとしている』


 血統者にかかわらず、惑星に住まう大半の市民達が抱いていた感想がこれだった。


 キッカ王家に(かしづ)いていた者達は離れてゆき、手元には僅かな手勢だけが残った。


 純血舎でもそれは同じだった。


 血統者達によるキッカ家の関係者、そして王族達は純血舎の生徒達による、非公式の弾圧の対象になった。


 教師達が黙認する中、ありとあらゆるイジメに加え、中には王女に対するレイプ未遂なんてものがあった。

  

 流石に事態を重く見たキッカ王家は、純血舎に入学している王族達を引き上げさせ始めた。


 本来であれば、それはあり得ない行為だ。


 王族関係者を引き上げる——即ち、それは軍に将来軍に勤務することになるキッカ家の未来の手勢を更に少なくする事を意味している。


 それを見た生徒達は自分たちは勝利したのだと喜び、庭園でささやかなパレードをしていたりしていた。


 だが——。


 純血舎の生徒達はとある事に気がついた。


 キッカ家の王女がたった一人、学園に残っていたのだ。


 それは私だった。


 そこからは壮絶な生活が幕を開けた。

 







 別に私は王に命じられて純血舎に残った訳ではない。


 意固地になった訳でもない。


 気づいてしまったのだ。


 今までが〝幸せ過ぎた〟のだ、と。


 そして、この弾圧の対象となる——惑星市民の憎しみを一身に引き受けることが自身の役割なんだと思った。


 中等部最期の旅行ではグループからつまはじきにされ、ホテルでは食事を出されなかった。


 旅行先の人間達からは罵声を浴びせられ、時には物を投げつけられた。


 これは、恐らく私の宿命なのだ。


 誰かから憎しみを受け、それを一身に受ける。


 心が折れそうになったことは一度や二度では無かった。


 王から『帰ってこい』と手紙を受けたときは、逃げてしまいたくもなった。


 だが、それではいけない。


 私は耐えなければならない。


 全ての憎しみを背負い、それを受け入れる。


 それが私の役割なのだから。


 気づけば中等部の最期の期間は過ぎ、高等部への進学の時期となっていた。


 咲き乱れる紫黒花(ドレク)の花はそんな愚かな私を見下ろす様に、高等部純血舎の道なりに佇んでいた。

 

 私はボロボロの靴で歩き始める。


 憎しみを踏みしめ、明るいことはない日向の道を。


 コレは宿命、宿命なんだ。


 母から離れた罰、一人で幸せになろうとした罪だ。


 若干、意識もまばらに歩き続け、ようやく辿り着いた高等部の寮の宿舎を開けると。


 そこには大量の生ゴミと、動物たちの死骸(しがい)が私を出迎えていた。

 

 私はそれを見て、思わず微笑んでいることに気がついた。


 お飾りの王女には相応しい出迎えだと思ったからだ。


 私は廊下の隅でクスクスと笑う気配を感じながら——。


 そっと、扉を閉めた。

 


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