6. 新居と妹
★カガミヤ・カズヤ視点
視界が明転したかと思えば……俺たちはマンションと思しき一室に立っていた。
どうやらワープでいきなり俺たちの潜入生活を送るであろう部屋へとやってきたらしい。
辺りを見回したが、地球とあまり相違は見られず、ただの高級マンションといった感じだった。
「あんま地球と変わらないんだな……」
「十万年前の第一領域の住人の生活レベルそのままですからね。文化面であまり目立った部分は無いはずですよ」
……え?
十万年前ってそんな地球と変わらないの?
つっても窓から都会を眺めてみれば空飛ぶ自動車やらなんやら超技術らしきものが飛んでいるけど。
「これでも?」
「我々からすれば地球と大差ありません。〝革新技術〟に到達してませんからね」
何だよ、さっきからやたら専門用語が飛び出してくるな。
革新技術とやらについて尋ねようと思ったが、腕時計端末で何やら立体映像を見ていたベルミーに先をこされた。
「えーと、私は二人の世話係だから、料理とか洗濯をすれば良いんですよね?」
「まあ、そうっす。使えないと判断したら家から追い出すんで、その辺はよろしくっす」
「酷い!?」
「とりあえず夕飯時なんで料理でも作ってください。この惑星の料理のレシピは〝オクトクロッチ〟に転送しといたんで」
「私の扱い雑過ぎませんか!?」
ベルミーは不貞腐れたようにうつむきながらキッチンへと向かっていた。
それを見て、思わず俺はラッカへと視線を移す。
「ベルミーに当たり強くねぇか? もう少し優しくしてやったらどうだ?」
これは宇宙船の中でも度々感じていたことだ。
船内のパワーバランス的に、賢いラッカは最上位に位置している。
その彼女が最も目の敵にしているのがベルミーだ。
俺が聞くと、ラッカはうんざりしたように息を吐いていた。
「カズヤさんを迎えに行くまでの期間、〝宙域統合本部〟から出発して、地球に至るまでの道中、私はベルミーさんと共に行動していたんですよ。地球換算で十八年ほどの期間です」
は? 十八年……。
世の夫婦が倦怠期を迎えるには十分な時間だ。
ていうか、そんな長い間二人は一緒に居たのかよ。
「そ、そうか。結構長い間一緒にいるんだな」
「ま、宇宙の常識では一瞬みたいなモンですけどね……その間、彼女のポンコツさに私は辟易してきたんです。何度尻拭いしてきたことか。これくらいの扱いは妥当だと思うっすけどね」
彼女は彼女なりに、苦労してきたようだ……。
何も言えなくなった俺は、とりあえず部屋を見回してみた。
現在はリビングルームで、既に家具は併設されている。
更に、壁には様々なサイズの写真が飾られていた。
見てみれば、俺とラッカの手を繋いだ存在しないはずの幼少期時代を映したもので、水遊びをしていたと思われる写真や、設定上の亡き両親を含め
た、家族写真なんてものまであった。
「……なんか、存在しない筈の写真がいっぱいあるけど……コレも用意したの?」
ていうか何時用意したんだ?
俺が若干引きながら聞くと、いつもの呑気そうな笑みでラッカが答えた。
「はいっす。もし、カズヤさんの友人が来られたとしたら、家族写真の一枚くらいないと変に思われるっすからね」
「……フォ○ショ使ったの?」
「いや、写真の編集なんて面倒な真似はしません。〝ミリタン次元作用〟ってやつですよ」
「……ん? どういう意味だ?」
「まあ、簡単に言えば、全ての記録を弄ったんです。この一枚の写真が存在するという辻褄を合わせるために、惑星全体の記録から、このマンションの住民、並びに関係者になりそうな人物には既に私達の記憶をインプットしてあります」
……宇宙テクノロジーやばすぎだろ。
こんな感じで記録や記憶を宇宙人に弄くり回されて潜入されてたら、そりゃ気づかんわな。
てっ、まてよ?
「そんな技術があるなら学園の中に潜り込むなんて手間しなくてもよくないか?」
「それが出来たら最良なんすけど、宙統規約で禁じられているんですよ。あまりに大きな変化を加えれば、それがバタフライエフェクトのようになって、戦争に発展する場合があります。過去、実際にそうなった事例もあるんすよ」
「……なんか、ゾッとする話だな」
背筋を伝ううすら寒さを覚えつつ、俺はリビングに設置されたソファへと腰掛けた。
おっ、フカフカだ。
実家のソファより百倍は上等だな。
「無機質な宇宙船よりかは、ここは落ち着くよ」
「そりゃあ良かったっす。そんじゃベルミーさんの料理が出来るまで、仲良くテレビでも見ますか、お兄ちゃん」
「……お兄ちゃんってのはよしてくれ。俺には妹がいるんだよ」
「真の妹しかお兄ちゃん呼びは許さないんですか?」
「ちげぇよ。妹は物心つく時から俺をアニキ呼びしてた。お兄ちゃんなんて呼び方は俺にとっては幻なんだよ」
「幻でもいいじゃないですか」
そう言ってラッカが俺の隣に鎮座してきた。
心なしか、距離が近い気がする。
俺が尻を浮かして若干スペースを空けると、ラッカはその距離を詰めてきた。
もう何も言うまい……。
俺は机の上のリモコンを手に取って、電源を入れてみる。
すると、報道番組と思しき映像が流れ始めた。
……久しぶりに見るテレビが、違う惑星の局だとはな。
なんだか、旅行先のホテルでなんとなしにつけたテレビが、地方の見たことのないローカル番組だった時くらいの何とも言えない気分だ。
『三王家への爆弾テロ事件により、追求を受けている〝キッカ家〟は未だに公式声明を発表しておらず、国民の疑念は晴れないまま、三週間が経過しました——』
内容はよくわからんが、王位継承権をめぐっての仁義なき戦いを報じているのはなんとなく分かった。
「へぇ……王位継承権争いか。この惑星の人間も大変だな」
俺がなんとなしにそう言うと、ラッカは俺の腕に抱きつきながら口を開いた。
「この惑星には四つの王家が存在するんですよ」
「距離近くない?」
「ブラコン設定っすから」
俺は呑気そうな笑みで見つめてくるラッカに、疑念を抱いていた。
コイツ……本当に一体何を考えているんだ?
なーんか裏があるように感じる。
感情が読みやすい分、ベルミーのが安心できる存在だ。
俺が黙っていると、クスッと笑ったラッカが口を開いた。
「続きを話すっすね」
ラッカによると……この惑星の名はストゥルターナいうそうだ。
そして、ストゥルターナには現在、惑星の治安維持に勤しむ軍人を養成する学校がいくつも存在するらしい。
そこでは何と、〝オプスレイド〟とかいう人型兵器の操縦訓練に勤しんでいるそうだ。
そういや……オプスレイドってなんか聞き覚えがあるな。
「……あっ! オプスレイドって、俺が前にシミュレーションで経験したやつか?」
「そうっす。といっても、この惑星にあるのは十万年前のオプスレイドそのものだからあのシミュレーションとは様式が異なりますけどね。カズヤさんがやっていたのも作業用シミュレータで、軍事用では無いですし」
軍事用じゃ無い?
……ビームとか撃ちまくってたんだけど、あれ作業用シミュレーションだったんだ。
じゃあ軍事用はもっと激しいのか?
……想像もつかないな。
俺がそんな感想を浮かべていると、ラッカが続けた。
「カズヤさんには二日後、私と共にその軍人を養成する学園に入学してもらいます」
……設定上、秋から学生とか書いてあったが、まさか本当に学園に入学するのかよ。
ていうか——。
「……そもそもなんで学園に潜入する必要があるんだ? 学園は脱出とは関係ないだろ」
「首都の一番伝統と格式の高い学園には、地下のアーカイブに王家誕生にまつわる秘密文書があるらしいんです。そこにもしかしたらカオス領域の抜け道に関する文書が眠っているかもしれません」
それを盗み出す為には学園に入学する必要があるってことか。
しかし……そんな大役を地球で陰キャ学生だった俺が務められる訳がない。
「……潜入するならおまえだけでよくないか? 俺は足手まといになりそうだし」
「カズヤさんは陽動を頼みたいんですよ」
「陽動?」
「上手く目立って周囲の目を集めておいてください。その隙に私が地下に潜入して情報を盗んできます」
「公的機関にしたみたいに、ハッキングしないのか?」
「地下のシステムはネットに繋がっていない、いわゆるクローズドなんすよ。必ず現地まで行く必要があるんです」
「……陽動って何をすれば良いんだよ?」
「別に、カズヤさんの思うようなやり方で構わないっす。私は機が熟すまでのんびりと待たせて貰うっす」
なんだそりゃ。
なんともまあアバウトな作戦だな。
「いやだ。俺、頭悪いし、違う惑星の学園でやってく自信なんか無いよ」
俺が断ると、ラッカはぎゅっと強く腕に抱きついてきた。
なんだ色仕掛けか?
もうちょいサービスしてくれれば考えなくもない……。
そんな考えを浮かべていた時、ラッカがゾクッとするような上目遣いで俺に悪魔的な言葉を投げかけてきた。
「俺TUEEしたくないんすか?」
ラッカの言葉に、俺は耳をピクリと反応させていた。
「どういうことだ?」
「カズヤさんは今、第一領域の住人と同程度の知力を有しているんすよ」
「は?」
思わず俺は声を漏らしていた。
「いやいや……何処がだよ? そんな頭が良くなった実感なんてねーぞ?」
「ナノマシンのお陰っす。そりゃ宇宙船とか宇宙の知識では我々に劣るかもしれませんが、この惑星の人間に比べたらとんでもないくらいのパワーアップをしているんです」
マジで?
実感なんか沸かないけど俺ってパワーアップしてるの?
ナノマシンパワーで全世界の男の子が憧れる俺TUEEをやれるの?
どこぞの惑星の学園で無双状態? 『また俺なんかやっちゃいました?』て、言えるの?
俺は気づけば立ち上がり、部屋をキョロキョロと見回し、歩き出していた。
「どこいくんですか?」
「ちょっと制服の着心地を確かめに……」
俺の言葉を聞いたラッカは、手を引いて何処かの部屋へと誘導しながら。
「こっちっす!」
満面の笑みを浮かべていた。