23. カオス
★カガミヤ・カズヤ視点
『ハハッ! オラどうしたよ? 最初の威勢はどうした!』
予想以上に苦戦していた。
上空百メートルは超えてないくらい。
そこで俺は、三機のオプスレイドと対峙していた。
『カズヤさん——だか——こう————!』
劣勢の中、ベルミーの声が断続的に響いている。
音としては捉えられていた。
しかし、意味は理解出来ない。
自分でも驚くくらいの驚異的な集中力で戦闘エリアを飛び回っていた。
「ふっ、ふっ、ふっ——」
気づけば独特なリズムの呼吸を形成していた。
オプスレイドが一秒ごとに手足に馴染むような——言い様の知れない感覚を覚えていた。
これがゾーンというヤツだろうか?
視界は狭いが、十数分前よりも格段に動けている。
『ここらで一気にケリをつけてやる!』
相手の連携もよく訓練された動きから阿吽の呼吸へと変わっていた。
お互いに準部運動を終了し、本番へと差し掛かっているような感覚だ。
さっきから敵は特定の動作——戦略ポジションを形成しようと躍起になっている。
俺の機体に接近すれば三角形を作りだし、同時攻撃を行うのだ。
それも、飽きるくらい同じ動作だった。
これが三機で繰り出す最も効果的な戦術だろうか?
シュミレーターではあまり見なかった動きだ。
それにしても……。
「それ……そんなに好きかね?」
敵は再び三角形を作りだし、三方面から同時攻撃を行ってきた。
一見すれば効果的に見える——しかし。
「わざわざ動きを止めねえと出来ねえのかよ!」
俺は三角形の真ん中に向け、急速接近した。
『確実に仕留めろ!』
カイトが叫ぶように言った。だが、弾は当たらなかった。
俺の機体は猛スピードで弾丸の雨あられをくぐり抜け、まるで輪くぐりのようにその中心をくぐり抜け——無かった。
『嘘だろう!?』
俺は三角形の中心でピタリと動きを止めた。
そうすると、三機は弾丸をばらまくのを止めた。
このフォーメーションを維持すれば、貫通による同士討ちを恐れて引き金を引けないのだ。
『ドレ! 頭上からは——』
遅い。俺はとりあえず、頭上に向けて発砲する。
弾丸はオレンジ色の光を発しながら、オプスレイドの装甲を股下から貫通し、爆発炎上をもたらした。
『ドレーッ!?』
続いては右側だ。動揺を隠せてない機体に対して発砲する。
貫通。それでもまだ動きそうな予感がしたのでケリを入れたら地上に落下していた。
さて、続いては——。
『舐めるなあああ!』
至近距離から弾丸が発せられた。
ガツンと殴られたような衝撃。装甲を貫通し、コックピット内に何かが飛び込んできた。
とにかく回避行動を継続。その途中、破片が散る。目に入った。失明。残った片方の目で上を見れば、コックピット上部から青い空が垣間見えていた。
正面を見据える。この攻撃の影響か、モニターは暗転して壁だけが写っていた。
俺は仕方なくコックピットを開放し、オプスレイドの手で引きちぎった。
完全にコックピットが外部へ露出した状態だ。
これで弾を食らえば確実に死ぬだろうな。
だが——まだ機体は動く。
それだけが希望に見えた。
『ハハハッ! もうお前は終わりだ! 死に晒せ!』
弾丸が飛んでくる。
モニター越しよりも、何だか遅く見えた気がした。
「ベルミー……ごめんな」
気づけば謝っていた。返答は無かった。
俺は前傾姿勢を作り、敵へと直進する。
相手は俺がこの状態で突っ込んでくることを予想していなかったのか、明らかに動揺していた。
『てめえッ! しぬ気かッ!?』
「ああッ!? 俺を殺すんじゃねえのかよ!」
ライフルの銃身を掴んで、剣のように構えた。
と、同時に都合が良く向こうの弾が切れたようだ。
予備マガジンはあるだろうに、カイトは腰に下げていたバリア用のチェンソーみたいなのを取り出し、叫んでいた。
『上等だ! 相手してやる!』
チェンソーが回転し始めた。
それを皮切りにか、カイトも前傾姿勢で突っ込んできた。
距離、二十、十、五メートル。
チェンソーの唸りが耳鳴りをもたらすまで接近した。
『死ね!』
チェンソーが振られる。
その間、スローモーションになったかのような錯覚をしていた。
俺も掴んだライフルを振る。
接触。勿論のこと、ライフルはチェンソーによって分解、スクラップになった。
『ヒャハッ! どうだ!?』
そんなこと——お見通しなんだよ!
俺はライフルを手から離し——敵の持つチェンソーへと掴みかかっていた。
ギュオオオンッ!
凄まじいチェンソーの稼働音で鼓膜が破裂したのを実感した。
それに——このチェンソー、バリアを破壊する特別素材のためか、熱を発していた。
体とコックピットが一瞬で熱され、脳が沸騰しそうになる。
耳鳴りで何も聞こえない中、チェンソーが破砕する破片の直撃を受けた。
体中ズタズタで、大やけどだ。呼吸も出来ない。
だが——俺とオプスレイドは動き続けていた。
ゆっくり——徐々にだが、俺の掴んだチェンソーはカイト側のコックピットに近づいていた。
『てめぇッ! なんで動け——この化け——』
俺のナノマシンの回復機能のせいだろうか?
一瞬、そんなカイトの声が聞こえた気がした。
だが、そんなものは関係無い。
俺はそのまま全神経を使って、掴み合いしているチェンソーをカイトへと押し出し続けた。
その刃先はやがて——カイトの乗る機体を傷つけ始めた。
俺の体とコックピットのシートがチェンソーの熱に耐えきれず、火が付き始めた。
もう、意識は幾ばくも残っていない。
自身の生命がつきかけるのを感じていく中——。
俺の体は落下を始めていた。
視界がどんどん狭まっている。
そんな中、かろうじて目に映ったのは——糸が切れたように同時に落下してくカイトの機体だった。
「ラッカ……」
俺はその言葉を最後に、意識を失った。
★
「驚いた……生きているのか?」
目を開ける。
気づけば、俺を見下ろす金髪イケメンのなんとも言えないような表情を浮かべていた。
「アンタは確か……」
「サイモンだ。戦いは見させてもらった」
サイモン……。
そうか、サイモンか。
え、サイモン?
王女派閥の敵の大将じゃねえか。
俺は慌てて起き上がってみる。
周囲を伺えば、そこは純血舎の屋上サロンで、俺は庭園のど真ん中にボロボロのオプスレイドごと落下していたようだ。
「……あれ、バリアは? 弾かれるんじゃ……」
「解除した。システムが復旧したところで、都合よくお前が落ちてきたからな」
ていうことはこいつが俺を助けたってことか?
「どうしてだ。俺は敵だぜ?」
聞けば、サイモンはふっと笑った。
「落ちてきたのはデミリス家の機体だったからな。まさか王女派のお前が乗っているとは思ってなかった。だが——」
サイモンは途端にキリっとした表情になり、
「仮にお前だとわかっていたとしても、俺はバリアを解除していた。俺も一人の血統者だ。あんな戦いを見せられ、何も感じないほうがどうかしている」
「……お褒めにあずかり光栄だね」
「逆に問おう」
コックピットで寝ている俺に対し、サイモンはズイッと顔を近づけてきた。
「なぜ、お前がカイトの邪魔をした?」
何故……か。
私怨が無かったわけではない。
だが、一番の理由は……。
「アンタを倒すのは……王女だからだ」
「王女が?」
ラッカがどんな計画を立てていたのかは分からない。
こんな無茶苦茶な状況だ。最早、軌道修正なぞ効かないのかもしれない。
だが、学園のまとめ役であるトップがごっそり死ぬような真似をすれば、それこそどうすればいいか分からなくなってしまう。
浅知恵だが、サイモンを残していたほうが勝った時ごっそりその派閥を飲み込めるとか……そういうことをちょろっと思ったのさ。
それを全部説明するのは億劫だった俺は、見知らぬ赤髪の少女に話したのと同じ理由を話していた。
「それは……王女が言っていたのか?」
独断専行した、って言ったら王女の度量が疑われるだろうか?
そう思った俺は王女が言った体で勝手に返答していた。
「まあな」
それを聞いたサイモンは、額に手をやっていた。泣くのを隠すような仕草だった。
「それなら……既に勝敗はついている。負けだ。これより、サイモン・メンデンは王女の下につく」
それを聞いた俺は、暫く呆気にとられていた。
「……実家に怒られるぞ?」
「お前、よくそんなこと言えるな。既に例の動画の件で怒られている」
深刻な内容を話しているのに、何だかサイモンは清々しい顔をしていた。
「一応聞いとくよ。どうして潔く負けを認めた?」
「お前に命を救われたしな」
「アンタの為じゃないぜ?」
「もちろん、それだけじゃない。お前の戦いを見て、思ったのだ。魂が震えたよ。お前やカイトよりも単純にオプスレイドの操縦が上手い奴は腐るほどいるが……あんな光景、この先二度とみられないだろう」
周囲を見渡せば、サイモンの配下と思しき連中も同意するように頷いていた。
「いやいや……俺の戦いを見ただけだろう?」
「王女に伝えてくれ。サイモンは軍門に降る」
サイモンが手を差し出してきた。
その目は嘘をついているようには思えない。
俺はそれを受け取ろうとして——。
『国営放送です! 惑星ストゥルターナの首都で、クーデターが勃発しました!』
唐突に浮かび上がった立体映像によるニュース映像へと視線をやっていた。
どうやら緊急事態により、自動的に流れてきたらしい。
その映像には炎上する首都が映し出されていた。
そして、飛び回る無数のオプスレイドの姿があった。
「これでもか?」
どうやら全ての血統者を巻き込んだ戦争が遂に開幕したみたいだ。
これから行われるのは新たな王座の争奪戦。
サイモンが如何なる権力者だろうが、実家の力が及ばない状況下では学園闘争など関係ないだろう。
「俺の家は反乱軍側だ。王女につくとなれば実家とも袂を分かつことになる。そうなれば最早一学生の身だが……これがストゥルターナの歴史を決める戦争と言うのならば、覚悟を決めて、身を賭すしかなかろう」
貴族の、いけ好かない野郎だと思っていたが……どうやらそれなりに男気はあるようだ。
「手を貸してくれ」
俺はサイモンの差し出した手を掴み、機体から這い出る。
だが、やはりダメージは残っていたらしい。
ふらふらになりながらサイモンに肩を支えられ、ようやく地面に足をつけたところで——。
『カズヤさん——』
唐突にベルミーの声が聞こえた気がした。
「うん? この声は……」
サイモンも反応を示したので、脳内通信ではないらしい。
周囲の連中は空に視線を向けていたので、俺も空へと視線を向ける。
するとそこには——俺が乗っていた機体と同型のオプスレイドがゆうに数百機は浮かんでいた。
「デミリス家が動き出したか……」
サイモンがつぶやいた。
敵かと警戒したが、どうやらデミリス家とかいう連中らしい。
『デミリス家のトリスだ。今、どういう状況だ?』
トリス……トリス?
ああ、俺に機体を貸してくれたやつか?
やばい、壊したら殺すと言われていたのを忘れていた。
「すまん、ぶっ壊しちまった」
潔く謝ると、トリスはふっと笑った。
『……私にシオネ王の側近に何かいう資格はない。それに……良いものを見せてもらった。久しぶりに血がたぎったよ。私もあんな殺しあいをしたくなった』
「え?」
『我々はシオネ王の元に降った。今からは首都で王家に仇名す反乱軍と決戦だ』
「なんだと……デミリス家もか」
サイモンやその側近たちはその言葉に驚いていた。
デミリス家……警備隊の連中もその名を聞いた途端撤退していったし、凄い家なんだろうか?
何だか、どっかで聞いた覚えがあるんだけど忘れたんだよな。
うーむ……なんだろう。
首下らへんまで出かかっているんだが……。
……ああっ!? 思い出した!
確かベルミーの食事を奢ってやったヤツがミレイア・デミリスとかいう名前だったな。
あの時、デミリス家は学園序列三位の戦闘一族だとも聞いた。
そんな連中がいつの間にか王女の傘下に降っていたのか。
『それで、お前らはどういう状況だ? サイモンは反乱軍に加わるのか?』
トリスからの問いを聞いたサイモンは、俺へと視線をやった。
……え? 俺から言えってことか?
口下手だから勘弁してくれよ。
有無を言わせない雰囲気だったので、仕方なく代表して俺がトリスに説明した。
「なんかさ、俺の戦いが終わったあと、感動したらしくて。軍門に降るって言ってたぞ」
『ふっ……サイモン、貴様も感化されたか』
「まあな」
『だったら我々の戦列に加われ、貴様らなら戦力になる。王女派機体識別カラーはイエロー線だ。先に首都に行ってるぞ』
そう口にするなり、トリス達の機体は出発していった。
あれ……なんか一機だけ俺たちを見下ろしたまま止まっているな。
なんだろうか?
そう思っていると、
「王女の宣戦布告直後に決戦か……忙しない日だ」
サイモンはそう呟いて、俺に貸していた肩を離した。
当然、俺は支えを失ってその場にばたりと倒れた。
「いてて……おい、なんだよ急に」
「お前は限界だ。ここに残しておく」
「は? いやいや、ふざけんなよ! ここが正念場だろうが!」
「心配しなくともお前の勇ましさは知っている。生きてたら後世に伝えてやるさ」
「違う、そういうことじゃねえって!」
「王女にはお前が必要だ。多分、誰よりもな」
「は?」
「それじゃあな」
サイモンたちはゾロゾロと階段方向へと向かって行った。
俺は一人、おいてけぼりだ。
「クソッ……」
俺は負けじと追いかけようと這っていく。
しかし、体が思うように動かなかった。
これはナノマシンで急速に回復した影響だろうか?
夢の中でマラソンしているような感覚に四苦八苦していると、
『カズヤさん』
また声がした。
俺は芋虫みたく倒れた状態で顔だけ上に向ける。
サロン上空には、何の装飾も無いオプスレイドが一機浮かび上がっていた。
デミリス家ではない。そしてこの声……。
「ベルミー……か?」
『そうです』
「お前……やっぱり乗れたのか?」
カイト達と戦うアドバイスを受けた時、妙に具体的というか……まるで元パイロットのような意見ばかりだと感じていたのだ。
でもまさか……あのポンコツな彼女が本当にオプスレイドに搭乗出来るとは思っていなかった。
暫く俺が放心していると。
『私、怒っています』
「え?」
『そして、悲しくて、怖くて……仕方がありません』
その言葉を聞いて、俺はベルミーの呑気で、何も難しいことを考えてなさそうな輝く笑顔が頭に浮かんでいた。
「ベルミー、お前は行くな! お前に戦場は似合わねえよ!」
俺が叫ぶように言うと、彼女は——。
『……カズヤさん。私も同じ意見だったんですよ』
「え?」
『私も優しいカズヤさんには戦いに行ってほしくなかったんですよぉっ!』
悲痛な叫びに、俺は初めてズキリと心を痛めていた。
そうだ、俺はベルミーの行かないでくれという懇願を無視した。
その俺がどんな立場で彼女に行くなと言えるのか?
『でも、ずっと嫌なことに目を背けていても、意味なんかありません。最初から、私がやるべきでした』
「べ、ベルミー……」
『私は、銃を握ります。カズヤさんや、シオネちゃん。この星の全ての人のために』
「ベルミーィィイッ! 行くなああっ!」
『〝デッド・ストック〟の私が人を助けるには……やはり、これしか無かったみたいです』
彼女はその言葉を最後に、爆ぜるようにして上空を飛び上がり、消え失せた。
その動きは、俺が未だかつて体験しないような——とてつもない機動だった。
「クソッ!」
俺は舌打ちしながら匍匐前進を再開する。
ひたすら前へ、前へと。
無理矢理動かした手は痺れ、足は痙攣していた。
他人に無理矢理コントローラーで動かされている気分だ。
だけど前に進んだ。
その時、俺が殺した連中の最期がフラッシュバックした。
「へっ……ざまあみやがれっ!」
そんな言葉が口をついていた。
「俺が殺してやった! 仲間の仇を取ったんだ!」
本心では無かった。
それに、何の価値があるのかも分からなかった。
ベルミーの言う通り、やり遂げても何も残らなかった。
感情がぐちゃぐちゃだった。涙が出てきた。そして、情けなかった。
間に合わない。
このままでは俺は完全に手遅れになるだろう。
そもそもマトモに動けない時点で戦力外だ。
やがて俺はサロンの出口に辿り着いたあたりで、恥ずかしげも無く涙を流していた。
その時。ほんと不意に……なぜだか分からないが、急に。
今さらながら実家に無性に帰りたくなった。
……生意気な妹や、口うるさい母、寡黙で気分屋な父。
「ああ……」
涙が溢れて止まらなくなった。
そうだよ、俺……。
ホント、何してんだろうか。
こんな宇宙の果てで戦争ごっこだ。
何で今まで何も思わなかった。平然としていた。
どうやって平静を保っていたんだ。
誰か教えてくれよ……誰か。
帰りたい……。
もう、辞めたいよ、こんなこと。
「チッ……何泣いてやがる、気持ちわりぃ……」
声がして顔を上げた。そして、驚いた。
「何で……生きてるんだ?」
そこに居たのは、ボロボロのパイロットスーツを着たカイトの姿だった。
「俺が聞きてえよ。最後組み合った時、お前はバーベキューの焦げた肉だったように見えたんだがな。気のせいだったか」
ふとその背後にいる連中を見れば……四人のボロボロのパイロットと思しき連中が互いに肩を貸しあっていた。
人数からして恐らく……。
「えっ……その後ろのは……」
「てめえに撃墜された連中だよ。オプスレイドはパイロットが死にそうになったら自動で脱出するのは常識だろう? ま、今回は運が良かったぜ。あの激しい戦闘だ。システムが間に合わずに死んでもおかしくなかった」
「そうか……良かった、生きていたのか」
俺がそう口にすると、カイトは顔を引きつらせていた。
「おめぇ……何言ってんだよ。普通、逆だろ?」
「え?」
「生きてたら都合が悪いだろうが。今からフクロにされると思わねえのか?」
「……悪いけど、顔以外にしてくれよ。イケメンが崩れたら困る」
「こんな気色悪ぃヤツと俺は戦って負けたのか」
カイトは俺の前にヤンキー座りし、再び口を開いた。
「で、お前、何してんだ? サイモンとか他の連中はどこ行きやがった?」
「……王女派閥に加わって首都決戦に向かったよ」
「……王女に加わって首都決戦ねえ。へっバカどもが。命がいくつあっても足りねえよ」
「お前も命知らずに見えたぜ?」
「アドレナリンの魔法だよ。どんなチキン野郎も素敵な命知らずに変えてくれる素晴らしい脳内分泌物だ」
カイトはそこで言葉を切り、しばらく上空を見つめていた。それから、彼はポツリといった風に言った。
「で、これからどうすんだお前?」
「……何でそんなこと聞くんだ?」
「やることがあるなら言え。俺が手伝ってやる」
一瞬、その言葉の意味を理解することが出来なかった。
「は? どうして?」
「血統者として敗れ、血統者としての俺は死んだ。もう、実家も関係ねえ。俺はただの〝カイト〟だよ」
「……だとしても、急展開すぎるだろ?」
「首都で戦争が始まったならこの国はもう滅茶苦茶だ。一つの国家だったストゥルターナはいずれ有力血統者の旗本により分裂し、複数の国家に分かれる」
「つまり……どういうことだ?」
「今のうちに身の振り方を決めておこうと思ってな。サイモンみたいなヤツにも、王女にも尻尾振るのはご免だ。なら、俺はお前の下につくぜ」
「俺は王女の派閥だぜ?」
「お前の亡骸でも一目見て、その後はこの混沌としたご時世の中、用意していた安息の地で隠居しようと思ったが……お前、生きてやがんの。それ見た瞬間、不覚にもビビッときやがったんだ。ま、隠居するには早ぇしな」
「命がいくつあっても足りねえとか言ってなかったか?」
「得体の知れないカリスマもどきの王女に命を賭けるのなら、って意味だよ。俺が戦い、認めたヤツは別だ」
「ふっ……何だよそれ?」
「まあ、つまりはだ。てめえに俺の……俺たちの命を預けさせろ。俺をこんなイカれ野郎にした責任をとってもらうぜ」
正直、コイツの提案はあんまり理解できなかった。
矛盾しているようにも思えるし、筋が通っているようにも思える。
それにコイツはラッカの仇だ。
生きていて良かっとは思ったが……。
俺の心が、まだこの男を完全に許していなかった。
「死ねって行ったら死ぬのか?」
俺が聞くと、カイトは徐に腰から拳銃を引き抜いた。
そして、それをこめかみに当てる。
それを見た背後の連中は青い顔を浮かべていた。
「か、カイト様……」
カイト〝様〟か。
どうやらこの四人はまだカイトに忠誠心を持っているらしい。
俺に付き従うなんて、カイトの提案にも、異議を唱えることは無かった。
「ああ。だけど、俺の命は高いぜ」
「そうか、今は持ち合わせがないんだ」
俺がそう口にすると、カイトがニヤリと笑い、拳銃を下ろした。
正直、まだ残滓みたく浮遊する復讐心は残っている。
だが……それを抑えればベルミーや王女を救う助けになるというなら、俺はいくらでも妥協する。
果たされない復讐よりも、目の前に戦いを継続することが有意義だ。
そんな結論を出した俺は、再び口を開いていた。
「ついでに首都まで連れてってくれ」
「連れてってくれ、じゃないだろ。血統者として死んだ俺はもう等級市民じゃない。なら、連れて行け、が正解だよ。言葉を間違えるな大将」
何だよソレ……そんなにへりくだるならまず言葉遣いからどうにかしてほしいんだけど。
まあ、いいや。
「ワグナー、ジーク。大将に肩を貸してやれ」
「「はい」」
俺はカイトの部下達に肩を抱えられながらその場に立ち上がった。
そして、ついでに気になっていたことを聞くことにした。
「ところで、どっちがワグナーでどっちがジーク?」




