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2. ようこそ宇宙へ

★カガミヤ・カズヤ視点


 目が覚めると。


 大きくて丸っこい、瑠璃色(るりいろ)の吊り目が目の前にあった。


 驚いて、尻餅ついた状態でカサカサと後ろに後ずさる。


 改めて眺めてみると——。


 犬歯を覗かせた、瞳と同色の水色のサイドテールをした活発そうな見た目の少女が、体育座りでジーっと、俺の顔をまじまじと眺めていた。


「本物だー」


 間延びしたような声で呑気そうに呟く少女。


 何処となく、見た目や雰囲気からして、年下っぽい後輩感がある。


 俺はとりあえず、謎の少女に対してコンタクトを試みた。


「誰?」


「ラクレンカっす。ラッカとお呼びくださいっす」


 ラクレン——ら、ラッカ?


 変わった名前——いや、宇宙では普通なのか?


 ていうかこの女の子——さっきから物凄い俺の顔を凝視してくるんだけど。


「あの……何まじまじと俺の顔見てんの?」


「有名人だからっす」


 有名人?


 少女は尚も俺を見つめている。


 そう言えば、首相もそんなこと言ってたっけ?


 俺が宇宙人達からは有名人だとかなんとかって……。


 しかし、目の前の少女は、身につけてる服からして地球人っぽい。


「地球の人?」


 少女は首をフリフリと横に振る。


「違いますよ。ただ、流行りなんすよ、地球のファッション。故郷はフィドリアっす」


 フィドリア?


 どっかの惑星のことか?


 ラクレン——ラッカは飽きもせず、尚も俺を見つめ続けていた。


「何でずっと見てんの?」


「カメラマンですから」


「はあ?」


「私の目は優秀なカメラなんす」


 何かの比喩(ひゆ)だろうか……。


 このラッカとやらが何者なのか気になったが、俺はとにかく状況を把握するために辺りを見回してみる。


 白一色の壁に囲まれた、殺風景な部屋だった。 


 窓なんかも無い。


 暫くほけっと天井を眺めていると。


「ここはウルハ号! カズヤさんの宇宙平和大使期間での滞在場所ですよ!」


 声がして振り返ると、国会議事堂でベルミーと名乗った宇宙人の褐色少女が、ニコリと笑いながら立っていた。


「てめぇ!? いきなり連れてきやがって!」


 ベルミーに詰め寄ると、彼女は明らかにワタワタとしていた。


「えぇっ!? 地球の為にイン○ペンデンス・デイのケ○スみたく命を捧げるって言ってたじゃないですか!!」


「そこまで言って無いわ! ていうか何でお前がイン○ペンデンス・デイ知ってるんだよ! 侵略者のくせに!」


「侵略者じゃないですよ! わざわざ国会まで出向くあたり、無茶苦茶紳士的じゃないですか! あと、イン○ペンデンス・デイを知ってるのは地球の映画が流行っているからです。特に八・九十年代のアメリカ映画が人気なんですよ」


 そう言って、テヘッと笑うベルミー。


 なんだよ流行りって。


 宇宙で地球の、映画の版権という概念があるとも思えないし、海賊版でも出回ってんのか?


 まあ、今はそんな問答をしている場合じゃない。


 このままじゃ、地球からどんどん離されてしまう。

 

「せめて家族に別れを告げる時間くらいあっていいだろ!?」


「でも、でもっ! カズヤさんの予定(スケジュール)千百三十年(、、、、)単位で決まってますし、時間は一分一秒も無駄に出来ないんですよ」


「千百三十年も生きれるか!」


「えっ? カズヤさんの寿命は今、無いに等しいですよ?」


「は?」


 寿命が……無い?


 ベルミーの意味のわからない言葉に、俺は暫くフリーズする。


 当のベルミーも、はあ? みたいな顔を浮かべていた。


 ……この美少女の顔面をぶん殴ってやろうか悩んでいると、ラッカが補足するように、口を挟んできた。


「ナノマシン打ったからっす。今、カズヤさんの体は老化しないようDNAから作り変えられたんですよ」 


 俺は思い切りずっこけた。


 病気予防だけじゃないのかよ!


 どんだけ万能なんだよ、ナノマシンってのは。


「化け物じゃねーか!」


「宇宙では常識っす。じゃないと、平和大使として広い宇宙をまわる事なんて無理っすからね。まあ、体が再生不可能な程の損傷を負えば流石に死にますけど」


 更なる不穏なワードに、俺は眉根を寄せた。

  

「ちょっと待て、その言い方じゃ……大抵の傷は大丈夫みたいなニュアンスだな?」


「腕とかちぎれても生えてくるっす!」


「化け物じゃねーか!」


「宇宙では常識っす!」


「地球では非常識なんだよおお!」


 俺は感情のこもった咆哮をあげる。


 どういう素材なのか、広い空間で俺の声はこだますることは無かった。 


 そのせいか、急速沸騰した感情が一気に冷めるのを感じる。


 俺はため息を一つ。ベルミーとラッカに向き直った。

 

「まあ、いいや。何か食いものある?」


「切り替え早っ!」


 ベルミーが仰け反りながら言った。


 ラッカは相変わらず俺の顔をジーッと眺めている。


「喚いても現状は変わらんからな。なら、受け入れる他あるまい。まあ、とりあえず腹が減ったから腹ごしらえだな。何か宇宙の珍味とか無いの? 地球人が食ったことの無いようなヤツがいいな」 


「達観しすぎきて怖いですよぉ!」


 言いながらベルミーは自動ドアを抜け、何処かへ消えていった。


 ラッカは相も変わらず、俺の顔を穴が空くほど眺めていた。


 まったく——本当になんなんだよ、こいつらは。


 宇宙ってのは変人の巣窟なのか?



 



 数分後——彼女はゴロゴロと銀色のワゴンカートを転がしてくる。


 飛行機とか新幹線で添乗員が押してくるヤツじゃんか……宇宙のくせにアナログだな。


 俺が素直にそう感想を告げると、ベルミーは、


「流行りなんですよ。(おもむき)があって、いいですよね?」


「趣も何も、無味無臭だよ。感慨もへったくれもありやしな——って……ちょっと待て! なんだこりゃ!?」


 俺はベルミーの運んできたラインナップを見て、たまげていた。


 なんと、ベルミーが運んできたのは地球の各国から寄せ集めたただのインスタント食品だったのだ。


 様々な言語のパッケージが所狭しと並んでいる。


 しかも、全ての食品が普通では絶対手を伸ばさない様な、絶妙なチョイスだった。


 どういうセンスをしているんだこいつは……。

 

「宇宙の珍味です。本当は私のコレクションなんですけど……カズヤさんが食べたいって言ったので、泣く泣く持ってきたんですよ」


 俺はガックリと肩を落とす。


 確かに宇宙人からすれば、地球の食い物は全て珍味だろうが……。


 完全に俺の言った意味を履き違えてやがるな。


 だが、ここで喚き散らすのも精神衛生上良く無い。


「分かった、俺の言い方が悪かった。宇宙での常食を持ってきてくれ。こんなとこまで連れてこられて地球産なんか食ってたまるか」


「もうーっ! 折角持ってきたのにー!」


 プリプリと頬を膨らませて怒り出すベルミー。


 ラッカはその様子をジーッと眺めながら口を開いた。


「鬼畜っすね!」


 そこまで言う!?


「分かったよ! これを食うよ、真心込めていただきます! ベルミーさん!」

 

 開き直ってワゴンに手を伸ばそうとすると。


「やっ、やっぱりだめー!!」


 ベルミーが俺の手を跳ね除け、我が子を守る様にワゴンカートに縋り付いた。


「……何言ってんの?」


「これは、普通なら手に入らない貴重な地球食なんですっ! 口うるさい同僚も羨むくらい、手に入れるのが難しいんです! ていうか不可能なんです! いくら有名人のカズヤさんでも、渡せません!」


「あ、ああ。そう……」


 俺は呆気にとられて一歩、後ずさる。


 ベルミーは涙目を浮かべながら続けた。


「で、でも……しっかりカズヤさんをおもてなししろって宙統の上司にも言われてるし。わ、私はどうしたら!?」


 しまいには寸劇じみた葛藤を始め、うわーんっと泣き出してしまった。


 何だ、このそこはかとないポンコツ臭は……俺の妹の方がまだしっかりしてたぞ?


 そんなことを思いながら、思わずラッカに視線を送ると。


「流石〝デッド・ストック〟の異名は、伊達じゃないっすね!」


 関心する様なラッカの言葉に、ベルミーが泣きながらピクリと反応する。


 俺は嫌な予感がして、眉根を寄せた。


「なんだよ、その〝デッド・ストック〟ってのは?」


「ああ、ベルミー執行官は宙域統合本部っていう宇宙の管理人組織の中で——」


「うわーんっ言っちゃダメー!」


 慌ててラッカの口を背後から封じるベルミー。


 ベルミーは口を真っ赤にしながら必死に釈明していた。


「私はこの大役を仰せつかって、生まれ変わったんです! いつも馬鹿にしてきた同僚を見返すんです!」

 

 ラッカは口を抑えられたままポケットから棒状の物を取り出し、ベルミーのふとももに当てる。


「ふぎゃああっ!」

  

 するとたちまち、ベルミーは叫び声をあげてその場にバタンと倒れた。


 なんだ!? 一体何が起こったんだ!?


「さて、オリエンテーションも終わった所で、説明編といくっす。こちらへどうぞ」


 何事も無かった様に歩き出したラッカを、俺は慌てて止めた。


「おい……いいのかよ」


 白目をむいて倒れるベルミーを指しながら言うと、ラッカは微笑んだ。


「ふふっ、相変わらず優しいんすね」


「は? 相変わらず?」


「私は貴方のファンっすからね。ああ、ベルミーさんなら大丈夫。眠らしただけですよ。この先の説明ではややこしくなるんで」


 言うなり、ツカツカと歩き出すラッカ。


 意味深な言葉が気になったが、俺はとりあえず先行した彼女の後を追うことにした。





 

 俺はラッカに連れられ、立体映像が浮かぶSFチックな部屋に連れてこられていた。


 ラッカが手をかざし、すいすいと立体映像を操作する。


 そうするとたちまち画面が様々な立体を描く訳だ。


 いやあ……なんつーか、良いね。こういうのは地球人の男の子なら全員好きな筈だ。

  

「そんじゃあ、簡易的っすけど、現状について説明するっすね」


 立体映像から宇宙に浮かぶ星々が出現する。

 

 どうやら色々と宇宙の歴史を説明してくれるようだ。


「今より一万年ほど前——」


 今より一万年ほど昔のこと。


 この宇宙には数えきれないほどの様々な種族や組織が乱立し、それはもう、収拾がつかない程ごった返していた。


 そうなれば問題は多発する。


 様々な勢力が軍事力をもって、何とかウォーズよろしくバトルを始めたのだ。


 そこで何億もの血が流れ、困った宇宙の人々は平和の為に宇宙の文明を統合する機関、宙域統合本部という組織を生み出したのだという。


「そのころっすね。宙域で共通の配信サイトが出来たのは」


「ウーチューブってやつか?」


「そうっす、そうっす。その中でもダントツに人気なのがクロミレンカさんだったんすよ」

 

 俺が救ったとかいう女の子だっけか?


 そのせいで、俺の名前が宇宙に知れ渡ったのだとか。


 まあ、なんともはた迷惑な話だ。


 ラッカが画面上にクロミレンカの画像を出す。


 そこには、探偵風に似た服を着た、金髪ロりっぽい美少女が映し出されていた。


「えっ、かわいい」


「かわいいっすよね、宇宙でもモテモテなんすよ。だから、カズヤさんは一応気を付けてくださいね」

 

 一応?


 ラッカのその言葉に、俺は嫌な予感がした。

 

「あのー……なんで?」


「一時は結構良い中になってたっすからね、ファンは激おこっすよ。カズヤさんの命を狙う勢力がいるくらいっすから」

 

 まじかよ!?


 宇宙でもそんな学園恋愛コメディみたいにモブキャラ達に恨まれたりすんの!?


 しかし、その時の俺は恐怖よりも、興奮のほうが勝っていた。


 だってそうだろう?


「こんなかわいい子と結構いい中だったのか。へえ……」

 

 もしかして再会を果たせば……彼女いない歴十六年の俺に、メロドラマ的展開が訪れるかもしれない。


 しみじみと言うと、ラッカは何か思い出した風に口を開いた。


「あ、クロミレンカさんはカズヤさんのこと忘れてますよ?」


「は?」


「カズヤさんとクロミレンカさんは人気配信者ランキングツートップっすからね。二人が恋仲になるとあまりに危険と判断したのか、クロミレンカさんの記憶も消されましたよ」


 ……そういや、首相もそんなこと言ってた気がするな。

 

 ていうか、ちょっと待ってくれ。


「それじゃあ、命狙われ損かよ!?」

 

 俺が喚くと、ラッカは(おもむろ)に自身の片腕を上げ——。


 ピンっと親指を突き立てた。


「そうっす!」


「くそがあああ!」


「その為に宙域統合執行官がついてるじゃないすか」

 

 執行官?


 脳内検索をかけると、白目をむいて倒れている哀れな少女の顔が浮かんだ。

 

「執行官って——ベルミーか?」


「ハイっす」


「なに、あいつ凄腕なの?」


 あんまりそんな感じがしないんだが……。


 でも、俺は宇宙ではVIPらしいし、それなりの人材がついているんだろう。


 しかしラッカは——。


「さあ?」

 

 呑気そうにそんなことを言ってのけた。


 俺が呆れていると、彼女はさらに続ける。


「でも、仕事は全然できないらしいっすよ。〝不良在庫(デッド・ストック)〟って渾名がついてるくらいらしいっすから」


「ダメじゃん!」


 俺はひな壇芸人のようにずっこける。


 俺のずっこけ具合を見て、ラッカはなぜか七点と表示された札をサッと立てていた。


 なんだ、点数か!?


 俺のずっこけ具合の点数かよ!? 


 遊んでんじゃねーよ。


 ていうか——。


「なんでそんな奴が俺の担当なんだよ!」


「実はっすね、宙域統合本部には優秀な人材がたっくさんいるんすけど、ほとんどがカズヤさんの大ファンなんすよ」


「はあ? それがどうした?」


「玉の輿狙うような輩ばっかりだったすから、なし崩し的にカズヤさんのそこまでファンじゃないベルミーさんが選ばれたわけっす」


「どういう人事だよ!? 不良在庫よりかは、優秀なファンでもいいじゃねーか!?」


「トップウーチューバーともなれば、その影響力は計り知れないっすからねぇ。(よこしま)な考えを持たないベルミーさんが適任だったんじゃないっすか?」

 

 なんともまあ、適当だな宙域統合本部とかいう組織は。


 しかし、どうも引っかかるな。


 何か腑に落ちない。


「どうしたんすか?」


「いや、俺ってさ、ウーチューバーじゃないだろ? その配信とやらでもクロミレンカとちょっと絡んだくらいだろうし。なのになんでいまだに俺がそんな有名なんだ?」


「ああ、カズヤさんはクロミレンカさんの一件以来、こっそり観察しに行こうとした人が続出したんで、宙域統合本部が勝手にチャンネルを作って配信してたんすよ」


「は?」


「そしたら怒涛の勢いでトップっす。偉業っすよ」


「なんだよそりゃあああ!?」

 

 人知れず俺の生活が配信されてたってのか?


 まじかよ、プライバシーのへったくれも無いじゃんか!


 俺がしてたあんなことやそんなことが宇宙人たちに見られてたってことか?


 くそがあああ!


 俺が頭を抱えていると。


 ラッカがポンポンと肩を叩いてきた。


 顔を向けると、彼女は何やら歪な物体を差し出してきた。 


「宙域統合本部からの贈り物っす」


「は?」


 よく見ると……腕時計型のデバイスのようなものだった。


 ちょっとかっちょいいので、さっそく腕に取り付けてみる。


 金具がなかったのでどうやって止めるのか気になったが、手首に寄せるとにゅるんとタコの足みたいに巻き付いた。


 ちょっとキモイ。


 すると、すかさず小っさい立体映像的なのが浮かび上がった。


『ユーザー認証、カガミヤ・カズヤ。総資産、現在九百五十ミーメン』 


 腕時計がそんなことを告げてくる。


 思わずラッカを見やると。


「地球で言う、億万長者ってやつっすよ。星二つは買える資産っす。羨ましいっすね。これが宇宙中の女性が玉の輿を狙おうとする理由っすよ」


 な、なんだってー!?


 俺が億万長者?


 宇宙通貨なんて実感がわかないな。


 しかし、それがモテモテの理由かよ……。


「なんでそんな微妙そうな顔なんすか? 一ミーメンくらい分けてくれていいんすよ?」


「いや、それがモテモテの理由なのかって思ったらむなしくてさ……真実の愛が欲しいっつーか——」

 

 俺がそう言うと、ラッカは顔をサッと背けた。

 

「っぷ、真実の愛って——」


「てめぇ! なに笑ってやがんだああ!」


 もう、お家かえるううう!


 俺の絶叫はまたしても、こだまにはならなかった。 

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