14. 入学式
すみません、昨日投稿するのをすっかり忘れていました。
本日、八話投稿します。
★カガミヤ・カズヤ視点
次の日——俺は学園の入学式に出席するため、朝早くから制服に着替え、会場に出発する準備を整えていた。
王女は他の連中と顔を合わせないため、早朝に出発した。
他の連中に嫌がらせを受けないか心配だったが『もう昨日の私とは違う、心配するな』と、別人のような明るい表情で彼女は出発していった。
……ナノマシンの影響だろうが、何とかいい方向へと向かったよう良かった……なんてのは冗談だ。
彼女は俺と同じで、不老で多少の怪我にはビクともしない、生物を超越した存在となったのだ。
このことを知れば、彼女は大いに動揺するだろう。
ベルミーには悪いが……やはり、ラッカに相談するしかないだろうな。
彼女ならなんとかしてくれそうな、期待感がある。
そんな事を思いながら、俺は憂鬱な気持ちで部屋を出るため、ソファから立ち上がった。
因みにベッドは、クピーッ、クピーッと寝息を立てるベルミーに占領されいている。
ベルミーは昨日、恐れ多くも王女とベッドを共にしていた。
おかげで部屋の主であるはずの俺は、ソファで一晩を明かすことになった。
昨日、大やらかしをしたとは思えない、彼女の安らかな寝顔をなんとも言えない気分で眺めた後、俺はようやく部屋を後にした。
地図を確認すれば、ゴンドラ装置では会場には行けないようなので、他の連中同様、歩きとなる。
途中、地上の広場で無表情を浮かべたラッカと遭遇したので「おっす」と、声をかけたが——。
彼女はツーンとした態度で俺を無視し、そのまま去っていった。
……まあ、無理もないだろう。
俺はラッカの忠告を堂々と無視している。
今でさえあんな感じなのだから、昨日の惨事を知られれば、もっと大変なことになるだろう。
俺は背筋をブルっとさせながら、ワイワイと行進する生徒の列に並んだ。
暫くその群れと仲良く歩みを進めれば——ゾンビ世界を想定したのか、とても高い壁が視界に映った。
どうやら地図を確認すれば、この高い壁はコロシアムのように円形になっており、会場となっている無駄に広いグラウンドを囲んでいるらしい。
受付みたいな門を顔パスし、中に踏み込むと。
黄色い声援は無かったが、代わりにホログラムで出来た紙吹雪みたいなのが出迎えてくれた。
大きなグラウンドに数百人——学園の規模に比べたら意外と少ない生徒達が集まり、上級生や先生方、その他には遠巻きに親御さんたちと思しき人たちが集まっていた。
意外というか、観客席のような場所は無い。
高い壁が囲んでいるだけの、無骨な空間だ。
ふと上を見上げれば、上空には〝オプスレイド〟とかいう人型兵器が警護の為か旋回していた。
人型兵器が空を飛んでいる——若干感動を覚えつつ、俺は会場を見渡した。
よく見れば、先生や上級生、保護者がいる場所は日除けテントみたいなものが複数設置され、こちらを神妙な面持ちで眺めていた。
何だか、運動会の様な雰囲気だな。
そう思っていると、あからさまにマイクで通したような、ボソボソとした声が聞こえてきた。
『今から、各クラスへの割り当てが発表されます。各生徒の皆さんは、上空を確認してください』
へー……入学式の今、発表されるんだ。
言われた通り上空を見上げれば——。
ホログラムのような映像で名前と出席番号がクラス毎に表示されていた。
おいおい、表示が多くて見つけ辛いな。
コレは欠陥じゃないか?
心中でそんな愚痴を浮かべていると——。
「何やってる! 早く確認して移動しろ!」
そんなことを怒鳴り散らす奴がいた。
おや、熱血の生活指導だろうか? と思いきや……。
視線を向ければ、声を上げたのは上級生の生徒の様だった。
他の新入生は何だ何だ? と、怪訝な表情を浮かべている。
『各担任は出欠の有無を確認してください。並びに生徒の皆さんは、担当の教師の場所に移動してください』
続けて案内があり、ようやく新入生たちは動き出した。
だが、会場は雑多としていて、中々集合が終わらない。
そんな状況下の中——。
「おい! さっき俺を睨んでいた、そこのお前」
さっき俺達に対して怒鳴り散らしていた先輩が、そんな言葉を吐いて、ツカツカと一人の生徒に歩み寄った。
何となしに俺を含む他の新入生たちは、声のした方向へと視線を寄せていた。
「え?」
声をかけられた新入生は状況を理解できないまま、困惑した表情を浮かべていた。
先輩はその新入生の頭上の表示を見るなり、不快感を隠さない顔を浮かべた。
「なんだ、たかが四等市民か! 恥を知れ、このノロマが!」
信じられないことに——先輩は入学式の最中、その新入生に対して、容赦の無い膝蹴りをお見舞いした。
膝蹴りを食らわされた新入生は、息が出来ないようで唾を吐きながらその場に倒れこむ。
だが——先輩は容赦なく、追い打ちをかけるように倒れた新入生に暴力を振るい続けていた。
俺達は即座に、先生たちや保護者達へと視線を向ける。
だが、先生たちや保護者達は微動だにせず、背後に控える上級生たちはニヤニヤとした笑みをこぼしていた。
「もう、辞めてください! 彼は私の婚約者なんです!」
そこへ、一人の女生徒が走り寄ってきて、暴力を振るう上級生を止めようとする。
すると、それを待ってましたと言わんばかりに、上級生はいやらしい笑みを浮かべた。
「ほう……お前がこの腰抜けの婚約者か」
「そうです! いくらなんでもこんなことは横暴です!」
「お前の婚約者はたった今、俺の権限で上級軍人になる見込みを失った」
「……え?」
「お前はよくみれば美人だな、俺へと乗り換えろ。そうすれば良い目をみさせてやる」
それを聞いた新入生たちは、あからさまにざわついていた。
一体、何が起こっているかが分からなかった。
今は入学式の最中のはずだ。
それが、こんなにも横暴で、人の尊厳を踏みにじるような意味の分からないことが巻き起こっている。
気づけば、他にも悲鳴が聞こえ、同じような状況が複数個所で発生しているようだった。
内容はカップルの一方を痛めつけ、婚約者を略奪するようなことばかりだ。
——先生や他の連中は未だにその状況をただ見守っているだけだった。
俺はその横暴に我慢できず、暴力を振るう一人の上級生に近づこうとすると——。
「お前は動くな」
背後から、声をかけられていた。
振り返ると、そこには凛々しい顔立ちを浮かべた王女が立っていた。
王女は暴力を振るう上級生たちを忌々し気に視界に入れながら、口を開いた。
「なるほどな……これが純潔舎高等部に伝承される悪しき風習か」
「え?」
「高等部に進学すれば、新入生に良からぬイベントが待っていると聞いていたが……このことのようだ。恐らく、これは毎年巻き起こっていることだ。上級生が、その権力を傘に着て、下級生の婚約者を略奪するのだ」
俺は王女の吐いたあまりの事実に、呆然としていた。
そして、当然の疑問を抱いていた。
「……なんのために?」
「多分、この上級生たちも、自分が新入生の時、上級生たちにも同じように自分の婚約者を奪われているのだ。だから、今年の下級生から婚約者を奪おうとしているのだろう」
「狂ってる……」
「その通りだ。この習わしは狂っている……悪しき因習だ。だが……今日ばかりは感謝させてもらうよ」
「は?」
「この事態は利用できる。見ておけ」
王女は俺の静止を振り切って、暴力を振るう生徒に近寄っていった。
「醜いな、本当に醜い!」
王女は良く澄んだ、それでいて響く声を発した。
会場のざわめきが一瞬にしてシンと静まりかえる。
「お前ら上級生に言っておるのだ。恥を知れ、この豚どもが」
その声の主が王女だと知るや否や、会場はざわめきたった。
王女に恥を知れと言われた先輩は、青筋を立てながら威圧するように王女の目の前に立つ。
「誰かと思えばゴミの中に住んでいる王女様じゃないか……家畜は貴様だろ、ゴミに劣る豚姫が!」
「おや、失礼した。そういう貴様は他人の婚約者に手を出す猿以下だったな。家畜というのはいささか言い過ぎたよ。欲情した猿、家畜より上位種の存在だ」
その物言いに、上級生は我慢できないといった様子で拳を振り上げた。
俺はそれを見て、思わず駆け寄ろうとして——。
「手を出すのか?」
その言葉にピクリと止まる上級生。
周りはその王女の迫力に呑まれたように動けないでいた。
「王女の顔を張るのかと聞いている。やるならやれ、この猿が」
その言葉を聞き、先生の背後に控えていた上級生たちが騒ぎ出した。
「ふざけるな! 貴様らキッカ家は他の王族を亡ぼしたテロリストどもだろうが!」
「この逆賊どもめ!」
まるで今から暴動が起こりそうな予感だった。
そこでやっと教師たちが我に返ったのか、慌てたようにアナウンスを流す。
『皆様、静粛にしてください。静粛に——』
「猿が喚くのは自然の摂理だ、構わん! だが、軍人として、人としての矜持が貴様らにあるというのなら、私の言うことを黙って聞け!」
王女の発した言葉に再び会場は静まり返る。
王女は凛とした仕草で会場の中央へと赴き、そして新入生たちを見据えた。
「キッカ家は現在、王家ながら逆賊との辱めを受けている。その為、私は今日に至るまで迫害と弾圧を受けてきた」
そこらか先、王女の演説と思しきその行為を止める者は誰一人いなかった。
おそらく、一部の者には不都合と判断されるに関わらず、だ。
「当事者から言わせたもらいたい。それは、大きな間違いであると!」
まるで聞き入るように、会場全体が王女の言葉に耳を傾けていた。
「なぜ三王家がキッカ家以外、滅ばされたのか、その理由について教えてやる。これは他の血統者が王家に居座る為の陰謀だ! キッカ家を亡ぼすという名目を用意し、そうして団結させる為の甘い罠だ! だから軍事的に兵士を一番持たぬキッカ家以外は、滅ぼされたのだ!」
「でたらめだ! 皆、信じるな! キッカ家がやった証拠はもうすぐ出てくるんだ!」
そこでようやく、異議を唱える生徒が出てきた。
よく見れば、それは昨日俺に話しかけてきたオリヴァー先輩だった。
王女は冷めた目でオリヴァー先輩を見据えていた。
「ほう……その証拠とやらは、一体なんだ?」
「スタイルズ家が調査を行って突き止めたものだ、これは来週発表される!」
王女はそこで、クスリとした笑みを浮かべた。
「なぜ一介の学生である、スタイルズ家の次期当主でも無い貴様がそのことを知り得ている?」
「そ、それは、俺の父から聞いたのだ! 確かな情報だ!」
「くだらん茶番だ」
吐き捨てるようなその言葉に、オリヴァー先輩は呆気にとられていた。
「国政調査機関のスタイルズ家の証拠が、くだらない、だと……」
「ああ、そんなもの、でっちあげに過ぎないからな」
「ふざけるな! 証拠も見ずにでっちあげだと言うのか!」
「証明してみせよう」
王女はゆっくりとした動作で右手を持ち上げ——。
やがてその手はオリヴァー先輩を突き刺すように指さしていた。
「スタイルズ家は恐らく、キッカ家が滅ぶ証拠をつかんだとして、相当の地位を獲得するだろう」
「な、なにを言っている……」
「それがお前らの目的だ。もしかしたら王座すら狙っているのかもしれんな」
その言葉にピクリと反応を示した上級生たちは、一人や二人では無かった。
表情を伺えば——そんなことはさせまい、と、野心に満ち溢れた獣のような顔ばかりだった。
それを見た王女は冷めた表情のまま話を続けた。
「王座を狙う血統者はこの学園に限らず、軍部にも群雄割拠している。これからは血で血を洗う、王座の奪い合い、貴様ら学生の下らぬ足の引っ張りあいでは済まない、内乱の時代が幕を開ける。それに巻き込まれるのは一人や二人では済まぬ」
再び会場内はシンと静まりかえっていた。
最早、王女の演説を止めようと前に出る者はいなかった。
「王の血をひくものとして、それを見過ごすわけにはいかない」
その言葉に、俺の隣の新入生は感嘆とするように息を吞んでいた。
「キッカ家は王の中の王の一族、この惑星を統治する真の王として、この内乱をオプスレイド装甲のように跳ねのける! その最前線で命を賭して惑星市民の血を流さぬために名誉ある戦いをするのは私と——」
「私の元で戦う真に忠義ある兵士だ! この戦いは王家が滅ぼうと、真に市民たちを思いし刃となった者たちとして、全ての者の心に刻まれる! その栄誉ある戦いを選ぶものは、私の前に出よ!」
俺は——気づけば静止する会場内で歩みを進めていた。
静止した生徒たちは目で俺を追っていた。
それは、王女も同様だった。
早く来い、と言いたげな表情で俺を見据えていた。
俺は足を速める。
その道中——予想通り、俺の目の前に、ラッカが立ちはだかった。
「何をするつもりですか?」
俺は暫く、ラッカの表情を見つめていた。
「お前には分からないことさ」
俺がそう言って通り過ぎようとすると——。
ラッカはポツリと言った風に口を開いていた。
「私には、夢があります」
俺はその言葉に、足を止めていた。
「夢?」
俺が聞くと、ラッカは俺の正面に立つと袖を引き、耳元で囁くように言葉を吐いた。
「……映画を作りたいんですよ」
「映画?」
「……宇宙では流行ってない、ドキュメンタリーの映画です。そんなものばかり撮ってたから、宙域統合本部のお抱えカメラマンの中では、最低評価でした。だから、カズヤさんの宇宙大使としての話が来たときは……私は夢を見ているような、信じられない気分だったんです。だって、アナタを題材にした映画が撮れたらいいなって、ずっと……ずっと、思ってましたから」
ラッカは俺の顔を見据えた。
その表情は——かつてないほどの感情を秘めた顔だった。
「カオス領域では一時、全てを諦めていました。でも、あなたの言った通り動いたら奇跡が起こった。あの時は本当に、本当にびっくりしたんですよ……まだあなたを撮れると、心の底から嬉しかったんですよ。だから……アナタが死んだら、全部終わりなんです……お願いしますよ」
それは懇願に近い、弱弱しい言葉だった。
気づけばその言葉に、俺は、俺のことを待つ王女を視界に入れ、顔を上げていた。
「ラッカ、聞いてくれ」
俺の言葉に、ラッカは顔を上げた。
その瞳には、キラリと光る雫があった。
「人間ってのは、短い人生の中で、こうやって非効率に命をかける時が存在する。頭の良い奴からしたら、それは愚かに映るかもしれない。ただの馬鹿な下等生物かもしれない……だけどさ……そうやって、人は、頭が悪くても、必死になって、生きる理由を見つけてきたんだよ」
ラッカは俯きながら、俺の袖から手を放していた。
「俺はお前の夢を笑わないし、尊重するし、誇りに思うよ。だからさ……俺の雄姿を、バッチリ撮っとけ。最高の映画を作ってくれよ」
俺がラッカの頭にポンと手を置くと、彼女はそれを億劫気に振りはらった。
「ほんと、馬鹿っすね。信じられないです」
「ああ、馬鹿だよ」
「あーあ……もっと色々、アナタを使って撮りたいことがあったんすよ?」
「使ってって……物扱いかよ」
俺の言葉に、ラッカはクスクスと笑った。
「私の涙で心変わりしないなら、さっさと行ってください。やっぱり、その方が面白い絵が撮れそうです。でも……死なないでください。カオス領域で起こした奇跡を、もう一度起こしてくださいね」
「ギャンブルは嫌いか? 敏腕カメラマン君」
ラッカは俺から離れ、涙をぬぐった後……太陽のような笑みを浮かべながら言った。
「大好きっす!」
俺はその横を通り過ぎ、王女の元へと向かった。
王女は、優し気な笑みで俺が来るのを出迎えていた。
「遅かったな」
「遅くなりました」
そんな会話を交わした後、俺はその場に膝をついていた。
王女は俺を見据えたまま、凛とした声で問うてきた。
「一応聞こう、何故にこの場に前に出た?」
俺は笑みを浮かべ、深く頭を下げながら——。
「王女様に忠誠を誓うためです」
その言葉を吐いた瞬間、ちょっとした歓声のようなものと共に、新入生の中から、雪崩のように俺の後に続く者が現れた。
よろしければ、ブクマ、感想、上記の☆をタップして、ポイントをお願いします。




