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10.ラッカの忠告

★カガミヤ・カズヤ視点



 王女が恥ずかしそうに全力で駆けていった数分後、俺は妙な気分のまま食堂へと到達していた。


 食堂は寮同様、ホテルのレストランみたく豪華絢爛(ごうかけんらん)な作りだった。


 贅の限りを尽したってよりかは、税の限りを尽したって感じだな。


 まあ、今俺はブルジョワらしいし、その恩恵に目一杯あやかるとしよう。


 そう思いながらウェイター君からお盆を受け取り、どうやらビュッフェ方式らしい食事を物色する。


 ストゥルターナの料理は、グロテスクで奇抜な見た目のが多い。


 これが地球の料理だったら良かったのに。


 まあ、味は良いから食うんだけどな。


 こういうのにさほど抵抗感が無いのは地球人特有なのではないだろうか?


 俺は思う存分皿に料理を山盛りにした後、空いてる席を探してうろうろとしていると……。


「お兄様! こちらですよ!」


 ラッカの声が聞こえ、その方向へと視線を寄せた。


 すると、ラッカは食堂の隅の席に座り、輝かんばかりの笑顔で手を振っていた。


 その(かたわら)には大勢の男子生徒がワラワラと羽虫のように群がっている。


 ……なんだアレ?


 俺は困惑しつつも近づくと、ラッカに群がっていた一人の男が俺に近づいてきた。


「失礼、カズヤ・ギーク殿ですかな?」


 それは貴族然としたイケメンな男だった。


 頭上のホログラムには〝オリヴァー・スタイルズ 二等市民:学生〟と書かれていた。


 二等市民ということは俺より上級国民だ、無碍には出来ないだろう。


 握手しようと手を差し出してきたので、俺は山盛りのトレーを一旦近場の机に置いて、握手を返した。


「どうも……内の妹が何か粗相でもしましたか?」

 

 そう尋ねると、イケメンは「まさか」とはにかんだ。


「彼女の美しさに魅了されていただけですよ。この者達も同様です」


 オリヴァーの背後の連中に視線を向けると、そうですと言わんばかりに笑みを浮かべ、頭を下げてきた。


 まじかよ……ラッカは美少女だと思っていたが、こんな辺境の惑星でもモテモテナなのか。


「是非一緒に食事をと、お願いをしていたのですが、お兄様と食べると仰ったので、それまでお話だけでも、と待たせて頂いていたんですよ」


 期待を込めた視線と共に、オリヴァーはそんなことを口にした。


「ああ、そうですか。それはどうも、お気遣いありがとうございます」


 俺がそう口にすると、オリヴァーから柔らかな笑みが消え、ピクッと表情筋を動かしていた。


「〝中立〟のギーク家とは仲良くやっていきたいと思っております。以後、お見知りおきを」


 オリヴァーは綺麗な礼を披露した後、他の男連中同様、ぞろぞろと去っていた。


 それを暫く見届けてから、俺はラッカの隣へと座る。


 すると、その途端にラッカは吹き出した。


「……なんだ?」


「いやいや、オリヴァーの要求を真っ向から拒否したので、中々カズヤさんも豪胆だな、と思いまして」


 その言葉を聞いて、俺は確信していた。


 やっぱりさっきの言葉は、妹に口添えしろという意味だったのだろう。


 恐らくさっきの会話の正解はこうだ。


オリヴァー 

「せっかくワイが食事誘ってやったのに、お前の妹がお兄様と食べるとか言ってるけど、どないなっとんねん」


俺     

「ひいいいっすみませんっ……お、おいラッカ! オリヴァー様と食事を共にしなさい!」


ラッカ   

「はい……」


オリヴァー 

「せやろがい、せやろがい」


 恐らくそんな感じの駆け引き的な会話だったのだろうが、俺がやんわりとそれを拒否したので、オリヴァーさんは怒ったに違いない。

 

「まあ……なんかお前がうっとうしそうだったからな」


「へぇ、心配してくれたんですね」 


「……俺は目立つのが仕事なんだろ? それを実行しただけだよ」 


 ラッカは楽しそうに肩肘をついて、俺を見つめてきた。


 なんだよ……。


 俺が照れ隠しに、口にせっせと謎肉のステーキを運んでいると、ラッカが口火を切った。

 

「それにしても遅かったですね、何してたんですか?」


 その言葉に、俺は瞬時に怪訝な表情を浮かべていた。


「お前、俺のことは監視してるんじゃ無かったのか?」


「してたんですけど、ほら言ったじゃ無いですか。急に心が読めなくなったって」


「普通に喋ったら反応してただろ? つまり、ドローンでは様子を見てたんだろ?」


「見てましたけど、ドローンの接続も切れたんす。現在進行形で復旧を試みていますが、未だ改善されていません」


 ほう……接続が切れた、か。


 俺はそこで、王女と出会ったことを思い出していた。


 そういや、キッカ家の王族は、この学園で非常にマズイ立場に置かれているとかなんとかラッカから聞かされている。


 王女と話をして、なおかつ端末番号を尋ねた事を知られると、干渉するなと口酸っぱく俺に諫言してきていたラッカに怒られるのでは無いか?

 

 いや……ラッカは原因不明の電波不良で事態を把握していないと言ってるし、黙っていれば大丈夫かな?


 どうしよう……。


 そんな思考を巡らせて数秒、俺は咀嚼の合間にぼそっと返答していた。


「……王女と会ったんだよ。本当に全く、偶然にな」


 逡巡の末、俺が正直にそう口にすると、ラッカは途端に困った子を見る様な目で俺を見ていた。


「そうですか、何かあったとは思っていましたが、まさか件の世間を賑わす王女と出会ったのですか」


 ラッカは感情の無い声音でそう返答していた。


 俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。


 コイツの聡明そうな水色の瞳は俺の全てを見透かしていそうで、本当に怖い。


「マズいかな?」


「……まあ、会っただけでしょう? ならそれはそこまで問題ではありません」


 まあ、端末番号は尋ねてみたけどな。


 実際は聞かずじまいだったから、ノーカンだろう。


 俺がホッと胸をなで下ろしていると——。

 

「大事なのは今後ですね」


 ラッカが唐突にそんなことを口にした。


「今後?」


「これからは極力、王女とは接触しないようにしてください」


 その言葉には、俺は謎肉を咀嚼しながらラッカの表情を伺っていた。


「……どうして?」


「面倒ごとが舞い込むからですよ」


「……俺がこの学園にいるのって、目立ってお前の潜入を手助けするためだろ? ならさ——」


「勿論、存分に目立ってください。しかし、それは王族関連以外のことにしてください」


 ノールックで差し出したナイフとフォークが、キンッと弾かれる感触があった。


 謎肉が最後の抵抗してきたのかと思って視線をやるが、そこには真っ白な皿が置かれていただけだった。


 どうやら話に夢中になっている間に、謎肉は全て俺の胃に消えていたようだ。


 俺は行き場を失ったナイフとフォークを沈めるようにそっとその場に置いた。


「何だか、彼女は困ってそうだったんだよ」


 彼女……王女様は花畑に佇み、何やら悲しそうにしていた。


 お腹も盛大に鳴らしていたけど、食堂とは別方向に駆けていった。


 食堂に行かないのか? と、聞いた時も「知ってて言ってるのか?」と不快気な反応だった。


 もしかしたら……何らかなの理由で食堂に来れないのかもしれない。


 困っているなら助けてやりたい。


 俺の中でのそんな、地球人特有のお節介根性が疼いたのだ。


 そんな俺の説明に、ラッカはただ無表情で返答していた。

 

「困ってるのは知っていますよ」


「え?」


「彼女の部屋の前を偶然通りがかったんですが、ゴミ捨て場みたいになってましたよ。同じ階の子は『ゴミがあったらここに捨てにくるといいわ』と笑ってました」


「……ゴミ? どういう意味だ?」


「王女はこの学園の全てから弾圧されているんですよ。だから部屋を使えないように大量のゴミを撒かれているんです」


 俺はあまりの酷い話に、暫く絶句してしまっていた。


 部屋を使えないようにされているだと?


 仮にも王女と言われる立場の人間が、そこまでの仕打ちを受けているとは思っていなかった。


 俺はその時、彼女が花畑に佇んでいることの理由を察していた。


「……じゃあ、王女様は今夜はどうするつもりなんだ?」


「部屋には入れないっすからね。今夜は野宿でもするんじゃないすか?」


「ラッカ、あのさ——」


 俺が次なる言葉を吐こうとした時、


「いやっすよ、私に王女を部屋に泊めてやれとか言うつもりっすか?」」


 ラッカは冷めた目で俺を捉えながらそう返答していた。


 瞬時に意図を理解したようだ。


「……駄目か?」


「考えが甘いです。この学園が行っているのはイジメなんて生やさしいものじゃありません」


「イジメじゃない?」


「言ったでしょう〝弾圧〟と。文字通り、殺しにかかっているんです」


「……殺そうとしているのか?」


「あくまで直接的ではありませんけどね。例えば部屋を使わせないだったりとか、食堂使用禁止とかですかね」


「食堂使用禁止?」


 俺は思わず聞き返していた。 

 

「えっと……他にどこか食べる場所があるのか? 売店とか?」


「無いですよ、そんなもの。だから、学園は『王女がここに残り続けるのなら餓死して死ね』と言ってるようなものなんです」


「なんのために……?」


「退学させるためですよ。王女が根を上げるのを皆楽しみに待っているみたいっす」


「そんなの、おかしいだろ!」


 思わず語気を荒らげてしまった。 


 食堂中の視線を集めてしまったが、気にはならなかった。


 目の前の不条理を、受け入れることを心が拒否していたのだ。


「おかしいのはどちらでしょうね?」


 ラッカのその言葉には、俺は一瞬呆気にとられてしまった。


「は?」


「この学園……引いてはこの惑星全体において、この王女に対する行為は〝正義〟だと位置づけられているんです。つまり、この惑星では現在の行為が正解なんですよ」


「一人をよってたかって嫌がらせすることが〝正義〟だと?」


 俺が強い語気でそう投げかけると——。


 ラッカは深い息を吐いた後にとんでもない事を言い出した。


「地球人も同じじゃないですか」


「え?」


「我々〝第一領域〟の人間からすれば、地球人もこの惑星の人間と同様、狂っているんですよ。むしろ地球人の方がおかしいです。惑星を未だ統一出来ず、一部の権力者が国家や思想という名の下、人民を分断し、対立を煽り、一部を非難して戦争をする。ナノマシンを打って知力の向上を果たしたアナタなら分かる筈です。如何に地球人が非効率で、野蛮な下等生物なのかを」


 俺は呆然としながらその話を聞いていた。


 対するラッカは、淡々とその小さな口を機械のように動かしていた。


「いきなりこの惑星にやってきたカズヤさんに、この惑星の住人の価値観を非難する権利なんかありませんよ」


 そう締めくくったラッカに対し、俺は唇を噛み締めていた。


「反論出来ないでしょう? だから今回は大人しく——」


「だとしても、だ」


 俺は気づけば、立ち上がっていた。


「俺は俺の価値観を持っている。それは変えようがない事実だ」


 ラッカはそんな俺を、無表情で見つめていた。


「私にも私の価値観があります」


「知ってる」


「違いがあるのは分かっています。その前提でまず議論をして、結論を出すならば、より良い選択肢を——」


「結論ならばもう出てるさ」


 俺は歩き出していた。


 ラッカはそんな俺の背後に、うんざりしたように声をかけてきていた。


「はあ……一応、何するかだけ教えてください。これからは心が読めないですから、手助けできませんよ」


「野蛮人代表として、気に入らないヤツはぶん殴る。それだけだ」


 それを聞いたラッカが、小さく「……バーカ」と呟くのが聞こえた。








 

 俺は再び花畑を訪れていた。


 相変わらず人気は無く、静かな場所だ。


 風でたなびく花々をかき分けながら進むと、庭園の中央に屋根付きの休憩スペースみたいなのがあった。


 そこではランタンのような器具で、僅かな明かりが灯されているのが確認できた。


 俺は歩みを進める。


 王女はその場所で、小さな毛布を敷いて横たわっていた。

 

「王女様」


 俺が声をかけると、王女はビクリとした後に起き上がった。


「……誰だ?」


 どうやら陽も落ちて暗いため、俺が誰か分からないらしい。


 警戒したように身をちじこませていた。


 俺が更に歩みを進めていくと、王女はようやく俺の存在を認知したらしい。


「……お前か」


 と、だけ、無感情な表情で呟いてみせた。


「どうして、そこまでしてこの学園に残っているんですか?」


 俺はそう、尋ねていた。


 そうだ、俺はそこまでして彼女が学園に残る理由が分からない。 


 このまま残れば、食料も無く彼女は餓死してしまうのだろう。


 王家とやらがどんなところか知らないが、帰ったところで、ここまでの仕打ちを受けるとは思えなかった。


「……それを聞いて何になる?」


「分かりません」


 正直に答えると、王女は面食らったように呆けた後、フッと笑った。


「お前は変わり者だ」


「そのようです」


 王女は暫く黙った後、周囲の風が止んだのを見計らってか、ポツリといった風に口を開いていた。


「……私の存在理由が、これだからだ」


「え?」


「私はこの星の人間たちの……全ての憎悪を受けるのが宿命なのだ」


 王女は語りだした。


 その身に降りかかる災厄と、罪の物語を。





 

 



★ 



 全てを聞いた俺は、暫くその場に立ちすくんでいた。


 見なきゃ良かった……って、寝取られ漫画を三冊は読んだ気分だった。


 だが、後悔はしていなかった。


 俺の中で、とある決意が産声を上げていたからだ。 


 王女は話し終えた後、感慨にふけるように星の浮かぶ空を見上げていた。


 そんな王女の背に、俺は自分の感想をぶつけた。 


「アンタは……間違っている」


 不意に発した俺の言葉に、王女は顔をしかめていた。


「……何故だ?」


「それを望んじゃいない人間だっているはずだ」


 それを聞いた王女は暫く静止した後、クククッと狂ったように笑い出した。


「誰が望んでいないというのだ! この学園の者は全て私を忌み嫌っている! 私は食堂に入ることすら許されていないのだぞ!?」


 王女は立ち上がって、俺の襟を掴む勢いで突進してきた。


 胸元をドンと押されたが、一歩も引かなかった。


「さあ、答えろ! 誰が望んでいないというのだ!?」


 再び突進してきた王女の腕を掴んで、俺は答えていた。


「俺ですよ」


 ザアッと風が吹き抜けていった。


 たなびいた王女の綺麗な黒髪からは、微かに汗の香りがした。


 王女はそれを嫌ったのか、ばっと俺から離れ——。


 少し離れた位置で、背を見せながらポツリと言った。


「お前は……ただの変わり者だ」


「他にもいるかもしれません」


「どうだかな……」


「アナタは、この学園の全ての人間と話してはいないはずだ」


 俺の言葉に、王女は背を見せたまま肩をふるわせ始めた。


「どうして、どうして……そんな言葉を吐くのだ……や、やっと……諦めがつきそうだったのに……誰も信じないで済むと、思っていたのに」


 最後まで言わせてたまるか。


 俺は、急いでその場に膝まづいていた。


 右手は額に、左手は地に置いた。


 学園の資料でチラッと見た限りでは、この行為はストゥルターナでの臣下の礼を意味している。


「恐れながら王女様。私、カズヤ・ギークは——」


 王女がその口上を聞いて、驚いたように振り返った。


 その瞳に浮かんでいたのは——。


「微力ながら、王家のご息女である貴方様に忠誠を誓います」


 キラリと光る滴が地面に飲まれたかと思うと、王女は驚愕の表情を浮かべていた。


「な、なにを言っている……お前は、そのことの意味を理解しているのか?」


「まあ、それとなく」


 ラッカには——もう口をきいてもらえないかもしれないな。


 あんだけ口酸っぱく言われたってのに、数十分後にはアイツの忠告を進んで破っている。


 俺は本当に、大馬鹿野郎だ。


 だけど——。

 

「そんなことをしてなんの特がある!? 家族を巻き込むことになるぞ!?」


 そんな言葉を吐く王女に、俺は敬語を使っていた今までとは打って変わって、荒い口調で返答した。


「お互い様だろうが。アンタもクソみてぇな自己犠牲で学園に残って、あげくの果てには餓死しそうになってるんだろ? それになんの特があるってんだよ」


 俺が言い返すと、王女は唇を噛み締めていた。


 彼女は何かを言いかけ、飲み込み——を、繰り返していた。


 やがて王女は、諦めたように肩を落とし、口を開いていた。


「……お前の将来に響くぞ? ここは勉学に励むばかりではない、将来の派閥作りの場ともされている」


「こんなクソみてぇな状況を見過ごすようじゃ、俺の仲間には相応しくない」

 

 俺の言葉に、王女は笑った。


「……ふっ、仲間に相応しくない、か。ただの学生の癖に、まるで上級軍人の様な言い草だ。尊大だな、お前は」


 王女はひとしきり笑った後、楽しそうに俺を見据えた。


「そういえば……」


「なんです?」


「微力ながら何かすると言ったな」


「ええ」


「見ての通り、住むところが無いんだ。それに腹ぺこだ……微力ながら、どうにかしてくれるか?」


 王女の顔は——まるで憑きものが落ちたかのように晴れやかだった。


 俺はそれを聞いて、肩をすくめてみせた。


「世話のかかる王女だ」





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