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ミケミケ ミケランジェロ  作者: マクスウェル・スミスフィールド
1/2

1 ミケと田中

田中一郎は、疲れた体を引きずるようにしてオフィスビルの一階ロビーを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。今日は特に疲れがひどく、彼の肩は重く垂れ下がっていた。ドアが閉まると、彼は深いため息をついた。


「もうダメだ…」田中は小さな声でつぶやいた。


エレベーターが8階に到着し、彼はデスクのあるオフィスフロアに足を踏み入れた。部屋の電気は当たり前に暗くなっている。スイッチを一つ押すと、田中のデスク近くの電気だけついた。


椅子に座ると、革靴を脱いでムレを解放させた。

臭いがきつい。

娘から「お父さん臭い!」と言われる日も近いなと思った。


「ふぁ~」とあくびをした瞬間、


「お疲れの様子ばいね」


彼のデスクの上に見慣れない三毛猫が座っていることに気づいた。


「わ!な、なんだこの猫は?」


田中は驚きと戸惑いで声を上げた。猫はゆっくりと彼の方を向き、その大きな瞳で彼を見つめ返した。


「こんにちは。あ、違う」猫は右手を上げていった。

「こんばんニャー、だわね」


田中は一瞬耳を疑った。


「え?猫が…喋った?俺…限界を超えたか?」


猫はにっこりと微笑んだように見えた。

「いいえ、本当に話しとりますよ。私はミケ。実は私、22年生きて化け猫になりました。化け猫になると人と話せるようになるんよ」


田中は混乱したまま、椅子に座り直した。


「化け猫?そんな馬鹿な…」


「信じがたいかもしれんばってん、あなたを助けるためにここにいると」とミケは優しい声で続けた。


「あなたが今とても疲れていること、仕事のストレスで押しつぶされそうなこと、私はわかっとります」


田中は一瞬、猫と会話をしている自分が現実離れしているように感じた。


「どうして…どうして俺のことをそんなにわかるんだ?」


「自分で話したじゃなかですか」とミケは答えた。


いつ?どこで?と三毛猫をまじまじと見た。


ミケはにっこりとして話し始めた。

「以前、あなたは会社の近くの公園でお昼を食べとりましたよね?私はお腹すいてほんと死ぬかもしれんと思った。もうすぐ化け猫になれるとに死ぬんか、と。…そしたら、あなたは私の横に座って色々と話しをした」


田中は眉をひそめた。

「公園で…?そんなことあった?」


「そうよ、覚えとらんと?最後にあなた『聞いてくれてありがとう』って言って、手作りの鶏ハムくれたとよ」


田中は忙殺すぎて、最近の記憶が乏しい。

「…それで、それで、なぜここに来たの?」


「あなたが話している内容にが気になってね。そして何より、あなたの手作り鶏ハムにハマってしまった。ハムだけに」


ミケは「ニャハ~」と少し照れくさそうに話す。


「ああ、あの時ダイエットしてたから…」と無意識に自分の腹の肉をつまむ。


最初だけは気合が入る性格の田中。いつの間にか、忙しくて鶏ハムを手作りすることも、ダイエットすることも辞めてしまった。


「実は、今日私の誕生日なんよ。ようやく人間の言葉が話せるようになったけん、それで、お世話になったお礼も兼ねて、あなたに会いに来たと」


ミケは綺麗に足をそろえて言った。


「あの時、あなたが鶏ハムをくれたおかげで私は生き延びることができました。どうもありがとう」


田中は何となく、そんなことあったと思い出しながら、ミケに感謝の気持ちを込めて言った。

「…いや…それなら、あの時、僕の愚痴を聞いてくれて、ありがとう」


ミケは嬉しそうに目を輝かせた。


「どういたしまして。あなたにお礼を言える機会ができてよかった。これからは、少しでもあなたの力になれればと思ってます!」


「え?力になれればって…何をするの?」


「田中くん、あなたには休みが必要よ。少し休みなさい。ほら、後ろば向いて!」そう言って、手をくるくる回すミケ。


「え?何、何?」

田中は椅子を回転させた。

「もうちょっと、机に寄って!」

そしてミケは、田中の肩に手をかけると、フミフミと手を交互に動かした。


シャツの上から柔らかい肉球が押される。少々、力が足りない。なんか、こそばゆい気持ちだった。しかも、その肉球はなんと、頭までに及んできた。


「ヘッドマッサージまでできるの?」


「もちろん。22年間、世の中を見てきましたけん」


「…はぁ、なんだか、さっきまで疲れすぎてどうにかなりそうだったけど、あなたと話せて少し…楽になってる気がするよ」


ミケは満足げに頷いた。

「そげん言うてもろうて、嬉しかね。これからも、私がおるけん」


田中は幻覚を見ているかもしれない、と思いつつ、なぜかその言葉に励まされ、自分が一人ではないこと、そして奇妙な助っ人がいることに、久しぶりに心からの安堵を感じた。


「あ、でも。さっき道路渡って、手を洗っとりませんから」

ミケがさらっと言った。


「きたねー!でも、もういいや。ミケさんそのまま続けて」と、田中は笑いながら言った。


ミケはにっこりと笑い、「ミケでよかよ」と応じた。

彼女の言葉と手には、どこか優しさと温かさが溢れていた。


田中はふと思い出した。

「そういえば、ミケ。その時、この話したよね?美術史の本を見てて、それで『ミケランジェロ』になるって言ってダイエットを始めたんだよ。ミケランジェロってわかる?筋骨隆々の男の人の銅像なんだよ」


ミケは頷いた。


「そしたら妻に『ダビデ像だろ。ミケランジェロは作者だろ』って突っ込まれてね」


ミケは笑いながら

「実は今日ね、『ミケランジェロ』になっとるかもしれんと思って、楽しみに会いに来たとよ」


田中は苦笑しながら、

「そっか、それなら君の期待に応えられるように、もう一度頑張らないとな」と言った。


ミケの喉からゴロゴロと心地よい音が響く。田中はその音を聞きながら、目を閉じて深呼吸をした。その音が…遠くなっていった。


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