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からっぽ  作者: てりやき
ゆうか
92/95

百日目

 今日でタクミが死んでから、百日経った。

 日記は、これ以上書かないことにした。

 そもそもゆうかも少年院に行ってしまったので、これ以上、書く理由はなかった。これ以上書かないとしても、困るのは俺だけだろう。

 自分勝手だけど、終わらせてしまおう。こんな物語。




 この百日間、「普通」という概念に振り回されっぱなしだった気がする。

 自分が普通じゃないことに気づいて、普通になろうとして、でもなれなくて諦めて、だけど結局は、普通を頑張って習得することにした。

 滅茶苦茶だったけど、けどその分だけ、色々なことを知ることが出来た。人間のことだったり、自分のことだったり、社会のことだったり。特に、人間の怖さは充分過ぎるほど体験した気がする。

 異常者には数の暴力を平気で使い、思考を放棄して行動し、何事もすぐに決めつける。そんな俺自身の性格を全部逆にしたような人たちが、この世界の多数派なのだ。そりゃあ、翻弄されるわけだ。

 ただ、俺はこれから、その普通を身に付けなければならない。根っから全部変えるのは無理だけど、色々な部分をコピーしていけば、そのうちうわべだけでも成れるだろう。

 見た感じが普通の人間であれば、誰も何も文句を言わないのだ。大人でも。そんな深くまで考えていないのだから。

 化けの皮で充分。

 化けの皮を手に入れても、本当の自分は表に出せないから、我慢がたくさん必要だろうね。それでも、ひとりじゃない、ってのはやっぱり嬉しい。

 だから、これからも頑張って生きていこう。




 最後に、一つだけ、補足を入れたい。

 十六日目の日記の冒頭のゆうかのセリフ。

「お前、桜と付き合え」

 これには、続きがある。

「お前、桜と付き合え」

「……え?」

「俺とじゃなくて、残念か?」

 俺は、何も言えなかった。本当に、少し残念だったから。

 今更だけど、俺はゆうかのことが好きだったらしい。

「好き」という感情に気づいたのは、最近だった。ひそかに尊敬して、一緒に時間を過ごして、そうしているうちに、いつの間にか本気になっていた。

 さらに、コーヒーショップに行った帰りのこと。

 ゆうかが、「ヒロト、俺のこと好きだろ」と聞いてきたことがあった。

 その時はまだ、自分が友達としてゆうかのことを好きなのだと勘違いしていたから、素直に頷いた。

 するとゆうかは、こう言ったのだ。

「もっと普通の人に成ったら、桜と別れてもいいんじゃねぇかな」

 俺はどうしようもない馬鹿だった。タイムトラベルができるのなら、真っ先にそこに行って、首を傾げた自分自身をぶん殴りに行くだろう。

 ゆうかは、「普通の人に成った俺」と付き合いたかったのだ。

 もっと端的に言えば、ほぼ両想いだったのだ。

 もちろん、俺がゆうかのおもちゃだったことには変わりない。そもそも彼女はあまり特定の誰かを好きになったりはしないのだ。サイコパスだから。

 サイコパスな部分のゆうかからしたら、俺が普通の人間に成ろうが成るまいが、どっちでも良かったんだと思う。成らなかったらその不幸を面白がって、成ったら俺を桜から奪って、桜の不幸を笑い飛ばすつもりだったのだろう。

 けど、ゆうかはそれとは別に、「自分のことを積極的に理解してくれそうな普通の人」を探していたのだ。俺は、その対象に選ばれただけでも、ようやく師に認められた弟子のように、自分のことを誇らしく思った。

 たしかに、そういう人が身近にいたら、普通の人のフリをせずに社会にも溶けこめるのかもしれない。

 俺ら異常者からしたら、絶好の相手だろう。

 ただ俺は、どうしても、普通には成れない。それを、俺もゆうかも薄々勘づいてしまった。

 俺に出来ることは、「普通」という化けの皮を手に入れることであって、普通に成ることではないのだ。

 すなわち、俺は一生、ゆうかとは付き合うことはできない。

 嗚呼。

 俺はどうしようもない馬鹿だった。

 自分が誰かを好きになることなど、一生無いと思っていた。どうして今になって、そんな気持ちを知ってしまったのか。そんな気持ちに気づいてしまったのか。

 もう何もかもが手遅れだというのに。




 また、彼女に会えるだろうか。

 その時には、ゆうかの見た目の変化とか、髪切ったこととか、そういう細かいところに気付けるようになってるといいな。

 そして、ちゃんと伝えよう。

 好きだったことを。

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