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からっぽ  作者: てりやき
ゆうか
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九十六日目

 メッセージアプリを開く。

 公式から一件、桜から二件。それだけ。ゆうかとの通話履歴が、画面の下のギリギリのところにかろうじて見えた。

 メッセージアプリを閉じた。

 こんなに静かな夜は久しぶりだった。

 今は、九時を少し回ったところ。ゆうかが「酔っ払いの相手しろ」と言って、ビデオ通話をしてくる時間だった。

 未成年なのに酒を飲んでいるのはずっと疑問だったが、それと同時に、安直だけどかっこいいなとも思った。

 実際、本人は酒を飲んでいるというより、酒に飲まされているようだった。なんで飲んでいるの? とほぼ毎回のように聞いていたが、ある時は、「ベタに、過去を思い出さないため?」と言ったり、またある時は、「なんとなく?」と言ったり、毎回別の答えが返ってきた。特に理由など無いのだろう。

 ゆうかはビデオ通話で、よく泣いていた。そのくせ次の日学校で会っても何一つ覚えてないので、余計にタチが悪かった。

 なんで泣いているかは、聞かなかった。聞いちゃ悪いような気がして。

 でも、あの涙の意味も、今だったら理解できる。

 きっと、涙というのは、心が限界に達した時に「零れる」ものなのだ。この前の俺もそうだった。涙を流したというより、気がついたら零れていたという感じだった。

 ゆうかは、泣くために酒を飲んでいたんだと思う。そして、俺に早く助けてほしかったのだと思う。家族も居ない、周りには普通の人間しか居ない、そんな中で、比較的狂っていた俺が最期の綱だったのだろう。

 早く、もっと早く、ゆうかが殺人鬼だと気づけたなら。そしたら、理解はされなくても、表面だけでもその異常さを分かることが出来たのかもしれない。

「殺人、かあ」

 メリットがあればやるかもしれないけど、俺は自ら進んでやろうとは思えなかった。

 気づいたあとても、俺に出来るのは、このとおり。

 分かることだけだった。

 異常者の俺らですら、結局、理解し合うことはできない。毎分毎秒意思疎通し続けない限り、どう頑張っても、心から分かり合うことなど出来ない。そんなこと、頭の良いゆうかにはとっくに分かってたはず。

 それでも、誰かに縋る気持ちはとてもよく理解できた。

 ただ、普通の人たちのように、対等に扱ってほしいだけなのだ。

 ダメだろうか。障がい者を、ただの変わった人のように扱うのは。

 そりゃあ、桜の突発的な過呼吸とか、結の片足生活とか、あからさまに生活に支障があるのは違うかもだけど。

 けど、誰だって、何かしらをおかしな部分を持っているだろう。自己愛が強い、自己肯定感がない、能天気、天邪鬼、依存しやすい、無償で誰かに施したい。それらはただの性格だけど、俺らも同じようなものなのではないだろうか。

 俺は、感情が薄くて、常識が欠けているだけ。ゆうかも、倫理観が無くて、人の不幸が大好きなだけ。

 普通の人にとっては、「だけ」って言葉で片付けられないものなのかもしれないけど、でも、それだけで、そんなに仲間はずれにしなくてもいいじゃないか。




 ゆうかの家の掃除を任されたので、今日の朝家に行くと、机の上に一冊のノートが置いてあった。

 タイトルは、サイコパスについて。日付は、自首した日の前日だった。

 ゆうかは俺のことを、運が良かった、と言っていた。俺は、その通りだと思った。もしも俺が人間の死とか人体とかに興味を持っていたら、今頃少年院に居た可能性も全然あったのだ。

 なんなら、実際に犯罪も起こしてるし。

 ゆうかは俺の代わりに犠牲になったのだ。だから俺は、一生忘れないでおこうと思った。

 ビデオ通話で、画面越しに見えた横顔を。すすり声だけが聴こえていた、あの時間を。

 いつか歳を重ねて全てを忘れても、それだけは覚えていなければいけない。

 それが、俺に出来る、ゆうかへの最大の償いだから。

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