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からっぽ  作者: てりやき
ゆうか
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八十八日目

 桜と俺の仲は順調だと思う。

 仲が良くなったのは、多分、「普通の人間とうまくやっていく上で、正直さはかなり役に立つ」と気付いてからだと思う。

 桜曰く、ほとんどの人間が、自分に正直に何かを言ったり他の人に正直になれないそうだ。なぜかはわからないけど。

 とりあえず人に正直になるようにしただけでも、効果はすごかった。

 わからないことをわからないと言って、思ったことをすなおに言って、それだけなのに、桜はとなりで笑い始めるのだ。

 ただ、一つだけ、ネガティブな言葉(くさい、きたない、まずいなど)は言わない方がいいらしい。

「わざわざ言う必要無いじゃん? 気分悪くなるだけだし」とのことだったが、やっぱりわからない。

 なんなら今になっては、分かろう、理解しようとがんばっていたあの頃が懐かしかった。




 この前まで別れようかどうか悩んでいたけど、今はそんなことあまり思わなくなった。

 心理学のおかげだと思う。

 バイアスというものを理解してから、彼女のような普通の人間が見せる理解不能な言動を怖がることがなくなった。多分、他の動物の行動を理解するように、自分の考えと重ねないで別に考えるのが大事だったんだと思う。

 だけど今度は、彼女がどう感じるかが不安になった。

 というのも、友達とかならまだしも、カップルとか家族の場合はできるだけ対等の方がいいと思ったのだ。

 もしも対等に本音で話そうとしても、よくわからない数学や科学の話にうんざりしてしまうかもしれない。

 例えばこの前、俺がサイコロの面白さについて語っていた時。

「サイコロを振った時、振った瞬間にどの目が出るかは計算できるけど、その結果はすごい簡単に変わるから、『同様に確からしい』んだよ? ここで同様に確か、って言うんじゃなくて、確からしい、ってのがポイント――」

「ヒロトくんってさ、なんでそんなことばっかり考えてるの?」

 うんざりしたようにため息をついて、桜は言った。

 もっともだった。

 普通の感覚を持つ彼女が、逆になんでこんなに真剣に話を聞いてくれていたのかが不思議だった。この矛盾に満ちた行動も、きっと、普通の人間の持つ感覚的なものなのだろう。簡単に言えばこれもバイアスだ。




 だからといって、俺が桜に合わせて話をするのも違う気がした。

 それは正直さを捨てるわけだし、どうせそのうち桜がいずれ勘づいて嫌な気持ちになるだろう。

 一番いいのは、彼女自身でなにか自信を保つ方法、別の分野で優越感を感じることのできる方法を見つけることなのだろう。そうすれば、劣っていると感じた時に、感情とかそういう別のところで優れているということに自分自身で気づいてくれる。

 今は桜が俺を尊敬してくれているっぽいから、なんとかなってるけど、それもいつまで続くのかわからない。いざとなったら、俺がとことん下になって、優越感を彼女に感じてもらうしかない。




 俺が普通の人間になる、というのは、とっくに選択肢から捨てた。

「この洋服、可愛くない!?」

「えーこの人捕まったの? マジかー」

「……グスッ……いい話すぎる……」

 彼女が自信満々に感覚的な表現を使うたびに、俺はやっぱり、いつまで経っても普通の人間にはなれないのだなと思うのだ。

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