七十日目
朝学校に着くなり、桜に昨日のことを聞かれた。
「どこ行ってたの!?」
「映画オタクの家」
「何してたの!?」
「映画観てた」
「じゃあサボりだったの!?」
「うん」
「学校サボっちゃだめでしょ!」
俺の母親は基本的に俺のことをほったらかしにしている。
学校は行きたい時に行けばいいし、家には居たい時に居ればいいと言われているので、門限も無いし、学校に行けと言われたことも無い。当然、学校を一日サボった程度で怒ることも、ありえないのだ。
「もー、心配したんだからね?」
真面目な彼女は、真剣に俺のことを思って言ってくれているのだろう。
「俺の母親より、母親してる」
思わず、笑みがこぼれた。
そうして昇降口で説教を食らっていると、ゆうかが「おいおいおい」と割って入ってきた。
「ヒロトまたなんかやったんか?」
「いや、学校ずる休みしただけ」
「いや、やってるやん」
ゆうかがそうツッコみを入れると、一連の流れを見ていたボランティアの人達が吹き出して笑い出した。
当の本人である桜も、にこにこしながら、ゆうかに抱きついて「おはよー!」と言った。
「アハハハ」
桜とゆうか、二人が同じ空間にいるだけで、その場全体が明るくなる。
魔法使いのような二人。
果たして、俺がこの中にいる必要はあるのだろうか。
「桜、少し、二人で話がしたい」
俺が桜の耳元でささやくと、彼女は少し不安そうな顔をした。
眉間にシワを寄せて、口を漢字の「一」のように結んでいた。
俺は、よくわからないな、と思った。桜が先週学校を休んだことに、俺が何一つ触れなかったからだろうか。
彼女が人の顔を見て、不安そうな顔をするなんて、初めてのことだった。
放課後、彼女は待ち合わせ場所に俺より早く来ていた。
「ヒロトくん」
ジメジメとした体育館裏で、きれいなセーラー服が動く様子が、なんだか場違いだと思った。
「話って、何?」
彼女に見惚れてしまい、あわてて我に返った。
そうだった。俺が彼女を呼び出したのだった。
「ふう……」
深呼吸をして、跳ねる心臓を整えようとした。
ドックンドックンドックンドックン。
「…………」
しかし、いつまで経っても、緊張が解ける気配はなかった。
なんでだ?
たった五文字。言ってしまえばそれで楽になるのに。
また俺は、失うことを恐れているのか?
「あの…………」
しばらく、沈黙だけが、二人の間を満たしていた。
風が吹こうと、木々が揺れようと、沈黙を破るにはあまりにも頼りなかった。
ドックンドックンドックンドックン。
「ふう……」
……よしっ、今だ!
「わk――」
「あーもう、男のくせに情けない! いつまで待たせるの!?」
彼女は突然、耐えかねたように大声をあげた。
「あれ、なんか言いかけた?」
「いや」
俺はあわてて首を振った。
なんてタイミングで喋りだすんだ! と言おうかとも思ったが、やめておいた。
言い訳になってしまうけど、なんとなくこの時、彼女に喋らせたほうが良い気がしていたのだ。
「はぁ〜」
彼女は揺れる木々の方を見つめながら、大きく息を吸った。
そして――
「もう、ここで言っておくけど、私、ヒロトくんのことが好きなんだからねー!」
予想外の言葉に、開いた口がふさがらなかった。
「え」
俺は一体、この時どんな顔をしていたのだろうか。さぞマヌケ面だったんだろう。
「……はーよかった。ようやく言えた! いつか言おうと思ってたんだー」
彼女はほっとした様子で息を吐いて、こちらとようやく目を合わせた。
そして、美しく、やわらかく、彼女は笑った。
「ふっ」
身勝手な人だなと、今さら思った。
こちらの決心も、想いも、全て無下にした上で、救いの手を差し伸べる。
どうしても俺は、また、期待してしまう。
もしかしたら、と。
「んで、結局ヒロトくんは何が言いたかったの?」
「え? いやいいよ。早とちりだったって分かったから」
「なにそれ。じゃあ私が告白しただけで終わり? ヒロトくんが呼び出したのに!」
「はははは、たしかに」
「まあいいけどね。ふふふ」
俺ら二人は、そうしてゆっくりと体育館裏をあとにした。
俺はこの日を一生忘れることは無いだろう。




