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からっぽ  作者: てりやき
普通
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六十八日目

 心理学を知れば知るほど、俺は心理学のことを好きになっていった。

 何かを好きになる、ということがこれで合ってるか分からないけど、知って面白い、興味深いというより、「心地いい」と思ったのだ。

 特に、感情の正体を知った時は、思わず笑みがこぼれた。

 感情というのは、言ってしまえばただの「神経伝達物質の活動」で、そして、感情が薄い人はただ、それらが麻痺してしまっているのだ、と書いてあった。

 この言葉は、俺が人間であると肯定してくれた。

 今までは、人間だから、笑ったり、泣いたりしないといけないのだと思っていたのだ。誰かに「もう頑張らなくていいんだよ」となぐさめられてる気持ちになった。

 この後、俺は新たな救いの手を求めるように、自分の苦手分野を調べまくった。もちろん、言葉の後に「心理」というフレーズを添えて。

 日付や名前が覚えられない。

 時々ボーッとする。

 空気が読めない。(相手の気持ちを推し量れない人のこと。桜より)

 これらに対して、心理学は恐ろしいほど的確な答えをくれた。それらはどこまでも論理的で、科学的で、だからこそ説得力があった。

 名前が覚えられないのは、その人に興味が無いから。時々ボーッと考え事をするのは、マインドワンダリングという状態だから。空気が読めないのは、他人の反応や感情に鈍いから。

 言われると、逆に今までなぜ気づかなかったのか、不思議なほどだった。

 ただ、救いの手はどこにもなく、寧ろ、俺は気味悪く感じた。

 例えば、「名前が覚えられない」と調べると、その対策として「名前の覚え方」もセットで出てくるのだ。

 俺には、なんでだか分からなかった。

 名前が覚えられないことを、まるでダメな部分だから治さなきゃいけないと言われているようだった。

 いや、俺が思ってないだけで、普通の人はコンプレックスに思うのかもしれない。

 どちらにせよ、心理学のことは好きでも、もうあんまり自分の苦手分野については調べたくなくなった。




 映画オタクから、映画の誘いが来た。

「期末テスト終わったから、ようやく観に行ける!」

 彼の親は厳しく、テスト週間が始まってから、テストが全教科返却されるまでの間、彼は映画に行くことを禁止されていたのだそう。

「何観にいくの?」

「いやまだ決めてない」

「そっか」

「ヒロトはなにみたい?」

「なんか、考えさせられるやつ」

「なんだそれ笑」

 そんな意味もない会話を続けていて、俺はふと、心理学の話をしたくなった。

 これなら、共感してくれるかも、と思ったのだ。

「あのさ、心理学って知ってる?」

 俺はなんの前触れもなく、会話の途中に挟んだ。

「いきなりだな」

「知ってるけど」

 あまりよく知らないけど、普通の人だったら、話題を強引に変えたことに触れるはず。

 何事も無く会話を続行する映画オタクも、やっぱり変わっているよな、と改めて思った。

「いやゆうかにオススメされて」

「え、ヒロトも?」

 えっ? と、思わず現実で声が出た。

「そっちもゆうかのオススメ?」

「うん笑笑」

「まじか」

「あいつ心理学大好きだな笑笑笑」

 俺に心理学をオススメしていた時の、ゆうかの顔を思い出した。

 確かに、自分の好きなものを誰かに知ってもらったら、うれしいだろうな。

 そのうち、オレの口角は自然と上がっていた。

「そうだ、心理学とまではいかないけど、観てておもろい映画ある!」

「気になる」

 正直、ここで気になったのは、映画のことより、映画を観た後のことだった。

 なんせ、これでようやく俺は彼と、同じ映画を観れるのだから。

「空白、ってやつ!」

 この夜、全然寝付けなかったのは、言うまでもない。

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