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からっぽ  作者: てりやき
普通
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六十七日目

 感情には、基本感情と呼ばれる、喜怒哀楽の複雑なバージョンがあるらしい。

 十種類や八種類だと言う人たちもいるそうだけど、一般的には、喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐れ、嫌悪の六種類だった。

 けれども、最近のアメリカの研究で、「感情は二十七種類に分けられる」とわかったそうだ(敬服・崇拝・称賛・娯楽・焦慮・畏敬・当惑・飽きる・冷静・困惑・渇望・嫌悪・苦しみの共感・夢中・嫉妬・興奮・恐れ・痛恨・面白さ・喜び・懐旧・ロマンチック・悲しみ・好感・性欲・同情・満足)。

 初めて聞く感情があった。それに、崇拝、懐旧、ロマンチック、ここらへんは調べてもやっぱり分からないままだった。

 崇拝。崇めて、信仰すること。

 昔、宗教について調べた時に、日本の年中行事は色々な宗教がごちゃ混ぜになっていると知った。まあ、クリスマスツリーと仏壇が同じ空間に置いてあるのは、どう考えてもおかしな話だろう。そうなると、俺がこの感情を知らないのは、日本人だからだろうか。

 懐旧。昔のことを懐かしく思い返すこと。

 懐かしい、がどうにも分からなかった。どうやら、久々に何かを行うと、人々は「あ~懐かしいな」などと言うそうだ。では俺は、昨日の晩ごはんすら思い出せないのに、何を思い返せばいいのだろうか。

 ロマンチック。空想的・情熱的であるさま。

 桜たちが話していたような「もしも」の話は、空想的なのでロマンチックなのだろうか。なぜそんな無駄な話をするのか。将来への期待や野心の成れの果てなのだろうか。

 ともかく、全ての感情が何かしらに分類されたり、何かしらの感情の組み合わせを持っているということは、なんとなく分かったが、ただ結局、その感情を出すために何をすればいいかは、どこを探しても書いてなかったのだ。

 ゆうかが、帰り際に言っていたことを思い出した。

 心理学は、人間の心を研究する分野。

 じゃあ、俺は、人間の心を持っていないのだろうか。

 笑うためには、泣くためには、「俺は」何を知ればいいのだろうか。




 夜になって、突然、ゆうかから電話が来た。

「よお〜」

 彼女はなんだか、いつもより力が抜けたような声を放っていた。

「もしもし、ゆうか?」

「いまなにしてたんだぁ?」

 電波が悪かったのだろうか。俺の声が聞こえていなかったようだった。

「もしもーし。聞こえてる?」

「オレはぁ、ちょっとつかれたんだぁ~」

 なんだか、奇妙だった。

 もちろん、力の抜けた声も変だった。いつも力強く言葉を話すゆうかからは想像つかないほど、ふにゃふにゃした声だった。

 ただ、それ以外の、話し方とか間のとり方とかが、違和感というか、なんというか、奇妙だったのだ。

「ヒロトってさぁ〜~オレのことどう思ってんの〜?」

「……え? どういうこと?」

「なんかオレ、嫌われてそ~」

 彼女は、とうとう独りで喋り始めた。

「…………」

 俺はスマホを机の上に置いて、ベッドに横になった。

「ショックだなぁ〜気に入ってんのにぃ〜……まあふつーそーだよなぁ〜〜こんなやつ、好きになるわけねーもんなぁ〜〜…………」

 その後も独りでずっと喋っていたが、何を言っていたかは思い出せなかった。

 まばたきより少し長めに目を閉じて、次の瞬間には朝日が差していたのだ。

 起きてから、俺は一瞬、全てが夢だったんじゃないかと思った。スマホの通話履歴を見てから、ようやく、現実だったのだと理解した。

 でも、昨日のゆうかは、はたして本当に、ゆうかだったのだろうか?

「……いや、やめよう」

 考えれば考えるほど沼にはまっていく気がしたので、俺は思考を止めて、とりあえず歯ブラシを握った。

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