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からっぽ  作者: てりやき
普通
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六十五日目

 この日記を、桜に見せるべきか否かか、いまだに迷っていた。

 怖かった。

 本当は、先週の日曜日にデートに行った時に、彼女に見せるつもりだったのだ。それなのに、言い出そうとすると、ユイに言われたことが脳裏に浮かんだ。

「狂ってる」

「バカなんですか?」

「サイコパス」

(今さらだが、サイコパスは「良心に欠けた人格異常者」を指す言葉らしい。知らなかった)

 彼女がこっち側の人間か、ユイ側の人間か、計りかねている今、日記を見せることで関係性が壊れかれないと思ったのだ。

 最近になって、そもそも、日記を見せる必要があるのかも、俺には分からなくなってきていた。なぜなら、俺がどんなふうに狂っているのかを知ったところで、それを直せるとは、今となっては到底思えなかったから。

 例えば、俺はようやく笑い方を理解したのに、見下した笑いをするなと言われてから、どうやって笑えばいいのか分からなくなっていた。笑うためには何かを見下す必要があって、でも、他人を見下すのは禁止されて、それで、一体どうやって笑えというのだろうか。

 じゃあ、こういった矛盾を「人間の心得」の方から無くすように、桜やゆうかに手直ししてもらおうか、とも考えた。ゆうかが俺に、常識を身につけようと作ったリスト。

 でも、常識を身につけて、良い人になって、俺はどうしたいのだろうか? 結局、普通の人になれるのだろうか?

 それ以前に、はっきりさせたいことも、山のようにあるのだ。

 良い人と、普通の人は違うのか。ユイは、明らかに俺にとっては良い人では無いと思うが、それでも彼女は普通の人なのだろうか。そもそも、誰の基準で、普通の人、良い人だと別けられるのだろうか。常識が無ければ、全員悪い人なのだろうか。

 小さな疑問が、時間をかけて少しずつ、ホコリのように溜まっていた。

 そんなホコリ被った頭の中にも、たった一つ、光り輝いているものがあった。

 それは、「もしも常識を身につけた結末が『ユイ(あの女)』なのだとしたら、彼女がたとえ普通の人だろうと、良い人だろうと、ああはなりたくない」という俺の意思だった。

 よく考えれば、彼女は異常だ。

 彼女は、他人の日記を許可なく覗き見たかと思えば、狂ってると罵倒して、話しかけないで欲しいと自分勝手に俺を遠ざけたのだ。これが異常でなくてなんだというのだ!

 彼女が俺よりも普通なのは、なんとなく分かっているつもりだ。

 だが、それでも、あの不気味な生き物にだけは、どうしても成りたくなかった。




 桜は、今日も学校に来なかった。

 ゆうかも、長髪と短髪の友達も、桜が居ないことでしゃべり相手を失っているようだった。

 ユイは、なん

 ――今、ゆうかからメッセージがきた。

「『人間の心得』進んでっかー?」

「手直しいるなら言えよ」

 タイミングが良すぎてびっくりした。

「明日の放課後、お願いしたい」

 俺がそう返すと、すぐさま既読がついた。

「部活終わってからだから、6時とかになるけど、大丈夫?」

 俺の親は門限にゆるくて、九時ぐらいまでに帰れば何も言われないので、何も問題なかった。ゆうかの門限が何時なのか気になったが、両親がとっくに死んでいるので、多分大丈夫なのだろう。

「大丈夫」

 俺はすぐさま返信して、それから、リストの書かれた紙をクリアファイルに挟んで、リュックに放り込んだ。

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