六十三日目
今日は、七夕らしかった。
七月七日、オリヒメとヒコボシが一年で一度だけ会える日。
こういう、言い伝え? 伝説? を聞くたびに、俺は頭がおかしくなりそうになる。
なんで周りの人間たちは、こんなデタラメな設定を、事実であるかのように受け入れているのだろうか。オリヒメ? ヒコボシ? 誰だよ。誰かそいつらを見たことあるのかよ。
さらに意味不明なのが、短冊に願いを書いたら叶う、ってやつ。
何言ってんだ?
いや、冷静になって考えろって。
「今日は七夕という特別な日だから、このちっちゃい細長の紙に自分の願いごとを書くと、それが叶うんだ!」
誰が信じるんだよ! バカかよ!
…………はぁ。
つい殴り書きしてしまった。
周りの人たちが、誰かに洗脳されているかのように七夕七夕七夕と言っていたから、こうでもしないと、正気を保てそうになかったのだ。
俺の席の周りの猿たちはもちろん、桜やゆうかも、洗脳の餌食になっていた。
「ヒロトくん、今日七夕だよ!」
特に彼女は、重症だった。
彼女はホームルームが終わると同時に、猿たちの結界を押しのけて俺の席までやってきた。そして、周りが、「痛っ」とか「ちょっと」とか言いながらよろけていたのをお構い無しに、「七夕」がどんな日かを説明し始めた。
休み時間になるたびに彼女は、願いごとの内容を知りたがった。
「ヒロトくんは、何書くの? 願いごと」
ホームルームで先生が配った短冊をヒラヒラとなびかせながら、彼女は言った。ニヤニヤと笑う顔が、どこまでも愚かに見えた。
「そういう桜は、何お願いするの?」
「えーそれ聞いちゃうのー?」
聞かれるのを待っていたと言わんばかりに、食い気味で彼女は言った。憂鬱な俺の気持ちとは反対に、彼女のテンションは不自然に上がっていた。
「質問したのこっちが先なんだから、普通、ヒロトくんが先に答えるべきでしょー? まあ、そこまで言うなら――」
「じゃあいいや」
「え」
俺は正直、その叶いもしない七夕専用の願いごとに、まったく興味がわかなかった。
「興味、無いの?」
「無い」
俺がそう言うと、彼女はまるでアニメのキャラクターのように、口をポカンと開いて驚いた。いつもよりテンションが高いからか、リアクションも大げさだった。
放課後、昇降口の短冊の掛かった竹の前に、ゆうかが立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
「んー。ちょっと見て」
そう言って、彼女は短冊のひとつをこちらに向けた。
「……は?」
そこには、びっしりと数字が書かれていた。
暗号なのだろうか? それとも、なにか意味のある数字なのだろうか? どちらにせよ、短冊に書く願いごとでは無いことは確かだった。
「多分、なんかの暗号なんだろうな。ここにちっちゃくpとかqとか書いてあるし」
そう言って彼女は短冊の端の方を指差した。
確かに彼女の言うとおり、小さくpとqとeが書いてあった。
「まあ、だからなんだって話だけどな」
「解けるの?」
俺は、探りを入れようとした訳では無く、純粋に質問してみた。
彼女が解けるとしたら、何か面白いことが始まるんじゃないかと、期待したのかもしれない。
「えっ、解けるわけねーじゃん!」
彼女はあっさりと、否定した。
少し馬鹿にするように笑っていたのを見る限り、嘘をついている様子も無かった。
「おーら、帰っぞー」
そして、俺とゆうかは何事も無かったかのように、昇降口を後にした。




