六十二日目
広島に原爆が落とされた話を聞いた。
原爆のレベチ(「レベルが違う」の略らしい)な破壊力を観て、どれだけ悲惨だったかをおじいちゃんが語って、一時間ほどで講演は終了した。
一番印象に残っているのは、原爆が投下された直後の話だ。
「川を見ると、水面が見えないんです。死体が多すぎて。みんな、全身やけどしてたから、『熱い、熱い』って言いながら、川に飛び込んで、そして、死んでってしまいました。私が必死に『やめろ』『飛び込むな』と叫んでも、誰一人止まりません。体が熱すぎて、それどころじゃなかったんです。もう、地獄絵図でしたね」
俺は懸命に、頭の中に描いてみた。川いっぱいに浮かぶ死体と、そこに向かって走ってくる、ゾンビのような人々を。
けれども、どれもこれも、何か違うような気がして、結局俺にはその地獄を想像することすらできなかった。
そもそも、死体すら見たことないのに、川いっぱいの死体も、全身やけどの人も、どうやって想像すればいいのだろうか。原爆がどんななのか知ったところで、それがどんな地獄をもたらすのか、理解はできないんじゃないか。
そんなことを考えていると、女子のすすり泣く声が聞こえてきた。
振り返ると、桜だった。
彼女は、次々と溢れ出てくる涙を必死に拭っていた。声をこらえていたが、鼻水をすする音が微かに体育館全体に響いていた。
前の子に慰められながら、後ろの子に背中をさすられながら、そして、周りの注目を集めながら、彼女は自分勝手に悲しんでいた。
彼女は、前よりも感情を素直に出すようになった。前みたいに、喜怒哀楽がごちゃ混ぜになったような顔を見ることが無くなった。
うん。無くなったと思う。
ただ、その代わり、喜怒哀楽のメリハリがあり過ぎて、極端になった。
正確には、メリハリは元々あったけど、それが目立つようになった、と言った方が正しいだろうか。元々彼女は、笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣く人間だったのだから。
ともかく、何が言いたいかというと、彼女も変わっているということだ。
他のクラスメイトたちも個性的で、「普通」の基準となる人も(少なくとも俺目線では)あまり居ないけど、それでも、彼女は「変人」の方に分類されるんじゃないか、と思ったのだ。
もちろん、俺よりは「普通」に近い。
ただそれでも、あれだけ感情をなりふり構わず出す、いや、出してしまうのは、多分、普通じゃないと思ったのだ。
まあ、あまり気にしないでおこう。
俺にとっては彼女が「普通」であることに変わりは無いのだから。
それにしても、相変わらず、髪をわざとらしくなびかせて、その後悲しそうな顔をするのはなぜだろうか。悲しみ、なのだろうか。
彼女の泣き顔を思い出した。
なぜ彼女は、なぜ人は、悲しむのだろうか。




