六十一日目
「実は、ヒロトくんと話し始めて最初の一週間ぐらい、めっちゃ緊張してたんだよね」
カラオケボックスまで歩いていく途中で、彼女はおもむろにそう話し始めた。
「頭良くて、褒め上手で、カンペキー! って思ってたから、なんか、何喋るのにも気ぃ遣っちゃってたんだー。バカだって思われたくなくて」
俺は、ゆうかからの質問に「わかんない」とつぶやく彼女を思い出していた。
「でも、そうじゃなかった。ヒロトくんは、思ってたよりも、なんか、変な人だった。そう、ヒロトくん変だよ。ふとした時にはボーッと考え事してるし、感情薄いし、空気読めないし」
日記に書き出した限りでは悪口のようにしか思えないのに、俺はこの時、全く嫌な気持ちにならなかった。むしろ、彼女が笑顔で話しているのを見て、つられて笑いそうだったほどだった。
「変人だって知って、ほっとしたんだと思う。なんか、気ぃ遣わずに済むなーって」
そう言って、彼女はゆうかのような作り笑いを浮かべた。
「ごめんね。変人、変人って。めっちゃ悪口じゃんね」
「……なんで?」
俺が首を傾げると、彼女もこちらを向いて首を傾げた。
「な、なんで?」
「変人だと、なんかダメなの?」
俺は、久しぶりに口を開いた。
桜といる時、俺は基本的に黙って話を聞くことにしていた。
俺が喋るのは、話の内容にどうしても納得がいかない時か、彼女が悪いことをしていないのに「ごめん」と言った時だけにしている。
いつかの昼休みに、「桜のあのすぐ謝るクセ、治した方がぜってー良い!」とゆうかから頼まれたのだ。
今回は、どっちもだった。
変人であることは性格のひとつであって、良いか悪いかじゃないと思ったし、別に悪口だったとしても、桜が謝ることじゃないとも思った。
「だって、悪口言われたら嫌じゃない?」
ただ、桜にとってはそうじゃなかった。
「嫌?」
そう聞き返して、俺は瞬時に言葉を取り消したくなった。
彼女にとって、彼女たちにとっては、悪口は嫌なものなのだろう。
俺は、あとで「人間の心得」に、このことを付け加えようと思った。
「じゃ、じゃあ、例えば、誰かが私の悪口を言ってるのを見たら、ヒロトくんはどう思う?」
桜の悪口を誰かが言ってる……
俺は頭の中で、ヒソヒソと喋る人影を想像した。
「うーん」
いつまで経ってもヒソヒソと喋っているだけで、何を言っているかは分からなかった。
「桜の悪口が思いつかなくて、想像できない」
俺は考えるのをやめて、正直にそう言った。
「えっ」
彼女は、俺の目をまじまじと見つめて、それから、顔を赤らめた。
「そ、そ、そ、それって、カカカンペキってことじゃん」
「うん、そうだよ」
そう言うと、彼女はいよいよ歩く足を止めて、顔を両手でおおってしまった。
多分、恥ずかしがっていたんだと思う。
俺には、何か変なことを言ったんだな、ということは理解できたが、それがなんだかは分からなかった。俺はこれ以上、下手に喋らない方がいいと思って、歩道でつっ立っている彼女のとなりで、遠くの看板をじっと見つめた。




