五十八日目
「もう、話しかけてこないでほしい。ヒロトさんのこと、ふつうの目で見れないから。
日記を読んで、色々思いました。正直、感想のほとんどが『狂ってる』だったと思います。
だがし屋さんでおかしをぬすんだ日を読んで、サイコパスってこんなに身近にいるんだとこわくなりました。言っときますが、犯罪は、バレなくても犯罪です。バカなんですか?
ヒロトさんのことは特に言いふらしたりしないので、これ以上、なれなれしく話しかけたりしないでください。お願いします」
俺以外の人間が、俺の理解できない行動をするのは、桜やゆうかから学んだつもりだった。
感情が薄い(らしい)俺は、映画を観て泣いたり、意味もなく笑ったりするのをあまり理解できない。
俺が「面白い」と思ってること(イルカと人間のコミュニケーションのことだったり、なんで素数かどうかの判別方法が、世界中のセキュリティをぶっ壊すのかだったり)を、なんで他の人たちが「面白い」と思わないのか。これもまた、俺には理解できない。
ただ、まさか言っている言葉の意味が理解できないことがあるなんて、夢にも思わなかった。
「ふつうの目で見れないから」
普通の目?
「犯罪は、バレなくても犯罪です」
なんで?
「バカなんですか?」
いや、人並みよりは勉強はできるはず……
文字は読めるのに、いつまで経っても、頭で文章の意味を噛み砕けなかった。
読めば読むほど、頭がおかしくなりそうで、俺はそのうち考えるのをやめた。
席替えの結果、俺は孤立した。
右から二番目、後ろから二番目の席の周りを、五月蝿い煩わしい猿と、その取り巻きのような女たちが囲んでいた。
桜やゆうかは、休み時間になると、何かを話したげにこちらを見たが、動くスピーカーたちのせいで、彼女たちも簡単にこっちに来ることができなかった。
かといって俺が彼女たちに話しに行くのも違う気がして、結局、俺の生活は、元のように休み時間に読書をするだけになっていた。
昼休みになって、ノイズたちが居なくなったので、俺の席の周りはスッキリした。それを見計らってか、いなくなると同時にゆうかが俺の席までやってきた。
「おい」
彼女の声は、明らかに怒っていた。
「結になんか言われたか?」
何となく、ユイ関係のことを聞かれると察しはついていたが、なんで怒っているのか分からなかった。
そして、正直に答えるべきかも分からなかった。
「……や、特に何も」
少し考えたが、ゆうかには、黙っておくことにした。
なんでだかは未だに分からない。言った方が良かった気もする。
ただ、なんとなく、言いたくなかったのだ。
「そうか、じゃあいいや。あいつ、なんかヒロトのこと嫌ってるっぽいんだよな」
ゆうかは、日記を盗み見たユイと揉めてたんだから、俺が日記を書いていることも、そして、その日記の内容が「狂ってる」ことも知ってるはず。
「なんか言われたら、報告くれよ」
「……うん」
でも、内容は読んでない。
もしも桜やゆうかがこの日記を読んだら、ユイのように、俺のことを普通の目で見れなくなるのだろうか。
「友達なんだから、いつでも頼れよな。それじゃ」
友達、という聞き慣れない言葉に違和感を感じつつ、俺は小さく「じゃあ」と言った。
離れていく背中が、やけに頼りなく写った。




