五十六日目
「おはようございます」
次の朝、ユイはいつも通り、本当に普段通りの挨拶をしてきた。
それがとても不気味だった。
「……おはよう」
俺の日記見た?
一瞬そう口走りそうになって、考えを改めた。
ユイが日記を見たかどうか確かめるには、あまりにも一か八か過ぎた。もし全然見当違いなことだったら、なんて誤魔化せばいいのだろうか?
それに、ユイが本当のことを話してくれるとも限らなかった。
考えてみれば当たり前だった。俺を気遣ってか、自分を守るためか、はたまた単純に面倒事を避けるためか、いずれにせよ、正直に話すより嘘をつく方が、ユイにとってメリットが大きいのだ。
じゃあ、ユイが何事も無かったかのように振舞っているのを見て、俺はこのまま知らんぷりし続けるべきなのだろうか。
いや、好奇心の塊のような俺が、そんなことできるわけが無い。
だったら――
「あのさ、質問。昨日、ゆうかと何揉めてたの?」
俺は彼女の肩をトントンと軽く叩いて、「質問」をした。
彼女は特段驚いた様子もなく、普段通りの表情(俺にはそう見えた)で、こちらをゆっくりと向いた。
不気味だった。
「ヒロトさん。正直に答えないとダメですか?」
予想外の言葉が飛んできて、俺は内心焦った。
ダメ、というのは簡単だった。そもそも質問システムを言い出したのはユイの方だし、正直に答えるという暗黙の了解の元で成り立っていたのだ。嘘をつくのを許す理由がなかった。
けれども、それ以上に、彼女の表情が読めなかったのだ。
訴えかけるわけでも無く、薄ら笑みを浮かべるわけでも無く、無表情で、冷静に、ただ「質問」してきた。
彼女が考え無しに言葉を放ったとは、とても思えなかった。色々な表情が重なりすぎて、逆に全て打ち消したのだろうか?
「……ダメ、です」
俺は、絞り出すように答えた。
彼女はフーッと鼻から息を出して、静かにどこかを見つめていた。そして、こちらを何回かチラリと見て、観念したようにノートになにか書き始めた。
俺は席を立って、上からノートを覗き見た。
「紙で伝えるから、昼休みまで待ってください」
ユイは上目遣いでこっちを見た。
俺は黙って頷いて、そのまま何も言わずに自分の席に戻った。
ちょうどその時チャイムが鳴って、先生が扉をガラガラと開ける音が聞こえた。
ユイから貰った紙は、とりあえず、ここに貼っておくことにした。
「きのうの放課後、ヒロトさんの日記をかってにのぞき見しました。ごめんなさい。
じつは、きのうゆうかさんとケンカしている時に、ヒロトさんがいたのに気づいちゃったんですよね。ゆうかさんは気づいてなかったみたいですけど。
もめてた理由は、ゆうかさんがなぜか、私がヒロトの日記をのぞき見したことを大げさに言うから、なんで? ってなって言い合ってただけです。ヒロトさんのこと、ゆうかさんとならわかり合えると思ったんですけど、なんか難しかったみたいです」
やっぱり、不気味だった。




