五十四日目
夢をみた。
「お邪魔しまーす」
それは、家に桜たちが遊びに来る夢だった。
「え?」
「ちょっと待って、なんでパンイチなの!?」
「いやだって、ここ俺ん家だし……」
「いやいや、玄関の前通る時ぐらい、服着ろよ」
桜だけかと思っていたら、ゆうかと映画オタクも一緒に来ていたようだった。ドアの後ろから、二人がひょっこりと顔を覗かせていた。
「映画観ようぜ! ヒロト!」
そう言って映画オタクは、右手でDVDを高く掲げた。
俺は別に何も違和感もなく、彼らを招き入れた。
夢というのはたいがい奇妙なもので、普段だったらありえないことを、違和感を抱くことも無くすんなり受け入れてしまう。
たとえ――
みんな俺ん家の近くに住んでいて、昔から遊んでいたとしても。
家に見知らぬCDプレイヤーがあったとしても
ゆうかと映画オタクが付き合っていたとしても。
夢の中で俺は、まるでそのことを前から知っていたかのように、当たり前の事実として受け入れてしまっていたのだ。
俺は、自分の夢を振り返って、パラレルワールドを覗き観たような気持ちになった。
選択肢の数だけ分岐している、いわゆる「もしも」の世界。
俺がもしも違う選択をしていたら、みんなが俺ん家の近くに住み始めて、CDプレイヤーを手に入れて、ゆうかと映画オタクも付き合い始めていたのかもしれない。
……まあ、可能性は可能性だ。
「もしも」を言い始めたら、それこそなんでもありになってしまうだろう。「もしも今動いたら死ぬ」とか「もしも明日人類滅亡したら」っていうのも、可能性はゼロじゃないんだから。
今、日曜日の朝っぱらから、自分がみた夢を日記に書こうとしている。
起きてまだ二十分も経っていない。
なのにもう、そのほとんどを忘れてしまった。
不思議だ。
記憶喪失になった人は、きっとこんな感じなのだろう。さっきまであった記憶が、誰かに全部奪われてしまったようにからっぽなのだ。
ああ、面白い。
最近、自分が人間でよかったと思うようになった。
人間じゃなかったら、この世界の面白さに何一つ気づけないまま、生まれて死んでいくことしか出来ないのだから。
――たった今、水族館で見た、人間とコミュニケーションをとるイルカを思い出した。
俺は、確実に、彼らよりも恵まれているだろう。
水槽の中と、飛んでいる時の景色だけで、一体何を知れるというのだ?
ああ、良かった。
自分が人間で。




