五十二日目
今日の昼、ユイから質問された。
人間ですか? と。
俺はもちろん、人間ですと答えた。が、彼女はそれで満足しなかった。
彼女が言うには、自分が人間かどうかを証明するのは難しいのだとか。もしかしたら宇宙人で、遺伝子とかを上手くコピーして、地球人のフリをしているだけの人もいるかもしれない、と。
「私は、ヒロトさんがロボットか何かなんじゃないかって思ったりもします」
彼女は、真剣な眼差しでこちらを見据えた。
桜に「観察」されていた時に見た、あの眼だった。
「例えば、脳みその一部が機械で制御されてたら、お医者さんは気づけると思いますか? あっ、いやっ、別に、ヒロトさんがそうだと言ってるわけじゃないんです。ただ、えっと……」
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
俺は彼女の話をずっと黙って聞いていたが、突然、そんなことを疑われたので、俺も黙っているわけにはいかなかった。
「なんで急にそんなこと聞いてきたの?」
俺は、この前みたいに泣かせることの無いように、と、出来る限りやさしく言うように頑張った。
すると彼女は、ごめんなさいと謝ったあと、少しずつ経緯を説明していった。
彼女は昨日の夜、ある動画をたまたま観てしまった。
それは、ある大学の入試で出された、「あなたがロボットではないことを証明してください」という問題の解説動画だった。その動画曰く、もし自分が精密に造られたロボットで、人間としての記憶を刷り込まれていたら、自分自身がロボットであると気づくことは困難なのだとか。
そして、それを知ってから、彼女は周りの人たちが実はロボットなんじゃないかと疑うようになって、夜も眠れなかったのだった。
「ごめんなさい」
彼女は一通り説明してから、再び謝った。
「あ、謝らないでよ。悪いことしたわけじゃないんだし」
そう言って俺は、作り笑いを浮かべた。
この時、俺は内心、彼女のことを疑っていた。
その動画によると、俺は自分自身がロボットかどうか判断出来ない、らしかった。じゃあ、俺に人間かどうか直接質問するのは、別に意味が無いんじゃないか、と。
だから、本当は別の目的がある……?
そこまで考えて、俺は思わず首を横に振った。
「ど、どうしました?」
「あっ、いや、なんか虫が」
結局、彼女にはそんなことをする理由が無いと思って、俺は疑うのをやめた。
こうやって、あんまり人を疑わないでいた方が、印象も良くなるのかもしれないと思い、俺はリストに新しく加えることにした。
・人を疑わない
そういえば、TPOに合わせた行動、とリストに書いてあったが、俺には意味が全く分からなかった。
本人に直接聞いてみると、彼女は笑って、
「たしかに、TPOって言葉と一番遠い存在だもんな!」
と言ってきた。
……今思うと、これは悪口だったのか。
それはさておき、彼女は一通り笑い終えてから、TPOが何なのか、丁寧に説明してくれた。
TPOは、タイム、プレース、オケーションの略で、時間と場所、場面という意味。
「だから要は、その場その場に合った行動をしろってことよ。葬式行って騒いだりしてたらヤベーだろ?」
「たしかに」
「そういうことよ。まあ、中学生のオレらにはあんまカンケーねーけどな! あ、オレ体育だから行くわ。じゃ!」
関係無いのかよ! と言う間もなく、彼女はあっという間に教室から消えていった。
しかしまあ、よくもあんな即興で、あんなにわかりやすい例を出せるもんだな。
俺は、今年何度目かも分からない「すげー」を、心の中で彼女に言った。




