五十日目
学校に行く前に、俺は改めて現状を確認してみた。
まず、ユイのこと。
金曜日の昼休み、保健室に連れていかれてから、早退したのだろうか。五限の国語の時間になっても彼女は帰ってこなかった。
月曜日は俺がズル休みしたし、昨日も彼女が登校する前に帰ったので、彼女とは、あれから一度も顔を合わせていなかった。
とりあえず、謝るべきなのだろう。
自分が笑うために、いじめられていた過去という弱点をつついたこと。利用したこと。
普通の人間にとって、間違った行動をしてしまったことを、俺は真っ先に詫びようと思った。
そして、桜のこと。
随分前から、どうにかして、関係を良くしていこうと行動していたはずなのに、気づけば別れる一歩手前まで来ていた。
俺には特段、悪い事をした自覚はなかったが、結局、彼女が嫌うような行動ばかりした俺が悪いということで、誠心誠意謝るしかないのだろう。
最後に、俺のこと。
俺は、人間だ。
今までは、自分とそれ以外を別々の生物として考えていたが、俺が全然周りの人間を理解出来ないだけで、あの人間たちと俺が同じ種なのは、間違いないのだ。
じゃあ、今後人間……じゃなくて、同じ生物として同じ社会で生活していくために、俺は皆がよく口にする「普通」の人間を目指そうと思った。
そうすれば、桜ももっと俺の前で笑ってくれるようになるだろうから。
「……いってきます」
六月もそろそろ終わりに近づいてきた。
しかし、まだ初夏のはずなのに、朝から玄関のドアを開けると、蒸し暑い空気が押し寄せてきた。
もしかしなくても、今年の夏は暑くなるだろう。
俺はわざとらしくため息をついて、日差しに一歩踏み出した。
「「昨日の朝、家に帰ったの?」」
学校に着くなり、桜とゆうかから同時に質問された。
「うん」
「なんで?」
早速、嫌な質問が飛んできた! と思った。
本来だったら、俺が普通の人間を目指すという意思表示をしてから、過去の行動を分析する流れが良かったのに。
まさか、普通を目指そうと思った矢先、普通じゃない行動をなぜしたのかを説明しなければならないなんて……
「うーん…………まあ、なんとなく?」
俺は、あまり深く考えずに、テキトーに答えた。
実際、気まずくなってなんとなく帰ったので、あながち間違ってはいなかった。
「なんとなくー?」
「…………いや、ホントは私のせいでしょ?」
ふざけたように首をかしげるゆうかとは対照的に、桜は深刻そうな表情でそう言った。
「私がヒロトくんのことを笑ったから、それで気分悪くして、帰った。でしょ?」
「えっ、それは――」
「ごめん!」
俺に有無を言わせずに、彼女は深く頭を下げて謝った。
八時を過ぎて、ほとんどの人がすでに教室に集まっていたので、いつもより視線が多く集まった。それだけでなく、周りの人間たちは、こちらを向いてヒソヒソと話し始めていた。
「ちょっと、桜、顔上げて」
俺がそう言っても彼女は、謝罪を止めようとしなかった。
「桜、もういいんじゃねーか」
ゆうかが周りの視線に耐えかねて、真剣な表情でそう言うと、桜はようやく顔を上げた。
「ごめん」
彼女は俺と顔を合わせて、もう一回言った。
こんなに素晴らしい人間が身近に居たのに、俺はなんてことをしていたのだろうか。なんだか、恥ずかしくなってしまった。
「こっちこそ、ごめん」
俺はそう言って、軽く頭を下げた。
自分が何に対して謝っているのかわからなかったが、申し訳ないという気持ちだけはあった。
「俺さ、か、変わりたい」
言った瞬間、風が吹き抜けていくような、心地良い感覚に襲われた。
ここからだ、と思った。
ここから、変わっていくんだ。
まっとうに、人間として生きるために。




