四十五日目
「あー、まじか」
ゆうかは、ユイが不信感を抱いていたことを聞いて、少しショックを受けていた。
「やっぱ、そうだよな……」
ゆうかのことだから、理由をろくに説明せずに、適当に誤魔化したのだろう。俺は勝手にそう解釈した。
誕生日を十月十五日じゃなく九月四十五日目だと言った時や、なんでそんなに頭が良いのか聞かれた時も、彼女はなにかと話題を変えたり、その場を離れたりして、説明する義務を放棄していた。
だから、今回もきっと、同じように逃げたのだろうと、勝手に思っていたのだ。
「なんでそんなことで怒ったの?」
「いや、多分、怒ってたわけじゃねーんだ。ただちょっと、機嫌悪かったっつーか……」
俺は、彼女が言葉を濁すのを見て、イライラした。
また、説明せずに逃げるのか。
そう怒ろうか迷ったほどだったが、結局、黙って彼女の言葉を待った。
ゆうかは俺の方をチラ見して、それから、「はぁ」と小さくため息をついた。
「なんか、話すまでこの場から離さねーぞって顔してっから、話すかぁー」
彼女は自分の短い髪を人差し指でクルクルしながら、観念したようにそう言った。
俺は、「そっ、そんな顔してた?」と少しとぼけつつ、内心少しだけワクワクしていた。それもそのはず、彼女がする真面目な話は、面白くて、興味深くて、退屈しないものだと、俺は確信していたのだから。
それこそ、耳が不自由だと打ち明けた時のような、非日常な何かをもたらしてくれるのだと、俺は根拠もなく期待してしまうのだった。
「じゃあ、まず、読唇術ってのを説明するわ」
「どくしんじゅつ?」
「そう、唇を読む術って書いて、読唇術。要は、オレ耳が悪ぃから、ふつーに会話してても聴き逃したりしちまうわけよ。んで、そういう時に唇の動きも見とくことで、わかんなかったところを補えるってわけ。だから、話す時はなるべく口元を隠さんで欲しいし、ちょくちょく隠されるとイライラすっから、やめて欲しいってだけ」
そして彼女は、普通に前を向いて座り直した。
「おはようございます」
ちょうどそのタイミングで、ユイが登校してきた。
「お、おはよう」
カタコトになりながら、俺は何とか挨拶を返した。
……いやいや。
ゆうかは、漫画やアニメの世界の人なのだろうか?
俺がそううっかり考えてしまったのも、無理はないだろう。
考えてみて欲しい。中学一年生で、聴覚障害を持ちつつ、普通の人にバレないようにするために、読唇術をマスターしている?
そんなこと、ありえるだろうか?
ありえない、と断言するのは簡単だった。
けど、ゆうかが俺の想像よりもっと凄い人間だとしたら、ありえなくもないのだ。
俺は、前に座るゆうかの背中を見た。
その背中からは、どれほどの人生を歩んできたか、想像すら出来なかった。
見た目や、歳で、その人間を測ることは出来ない。それが人間の、恐ろしくも面白いところなのかもしれない、と、俺は漠然と思った。




