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からっぽ  作者: てりやき
人間
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三十三日目

 会話はもともと、野生動物を狩るときに素早く情報交換するための能力だったらしい。

 現代ではもはや野生に怯える必要は無くなったが、それでも、現代社会を()()()ためにはやはり、コミュニケーションは必要不可欠だ。

 会話=情報交換=生きる術。

 つまり、会話したいというこは、生きたいということだ。

 俺は基本的に、自らすすんで会話を始めたりしない。

 多分、俺自身が、生きたいとそんなに強く願っていないからだろう。

 だからといって、死にたいわけじゃない。

 ただ、出来れば生きていたいという程度で、死んでも別に構わない、いや、やっぱ死にたくは無い、ぐらい。俺は物心ついた時から、死にたいの一歩手間ぐらいでずっと止まっているのだ。

 なぜなら――

「昨日、ママにこれ買ってもらったんだよねー」

 自慢をしても。

「えーまたかよ。お前ん家だいぶ金欠なんじゃなかったっけ?」

 他人を心配しても。

「まあ、大丈夫っしょ! この前また救急車で運ばれたから、保険金がおりたって」

 そして、それによってどれだけ関係を深めても。

「おっ、よくねーけど、ラッキーなのか?」

「どう考えても、ラッキーだろ!」

 死ぬ時は、一人だ。

 だから、人生はつまらない。

 人生の全ては、無意味に流れる退屈な時間でしかないから。

 ――こんなことを考えているからだろう。

 横を通り過ぎる人間たちの目は、いつもキラキラと輝いているように見える。

 そして、雪が積もった日の昼間、初めて外に出て、眩しくて目が開けられなくなるように、俺はいつも少しだけ、目を細めたくなるのだ。




 桜とデートに来ていた。

 あいにくの雨だった。

 チャリではびしょ濡れになってしまうので、仕方なく二人で傘をさして歩いていた。俺の傘は緑の蛍光色、彼女の傘は何かキャラクターの描かれたピンク色だった。

 二人とも、特別行きたいところも無かったので、何となく歩くことにした。

 本当は前のように映画館に行く予定だったのだが、学校で映画オタクから「今、映画おもしろいのやってない」と言われて、行く気が無くなってしまったのだ。彼によると、六月下旬になれば色んな映画が公開されて「アツい!」らしいので、俺はとりあえず待つことにした。

 桜は今日、全くと言っていいほど、喋らなかった。

 なぜなのか、分からなかった。

 とりあえず全国チェーンのカフェに入ったりしてみたが、やっぱり口をつぐんだまま、喋る気配すら見せてくれなかった。

 そのまま何もせず、俺らは帰路に着いた。

 いつもは喋っていて気にしなかった音たちが、絶え間なく耳に伝わってきた。

 車が走ってくる。雨粒が傘に当たる。靴が地面と接する。信号機が赤になるのを知らせる。

 唐突に、「会話=生きる術」という文字が頭に浮かんだ。

 彼女は、今、生きたくない、ということなのだろうか。

 靴の摩擦ですら、存在していることを鳴らしているのに、桜という人間から発せられる音は一つも無かった。それほどまでに、彼女は沈黙に徹していたのだ。

 つまり、俺と同じように、彼女も死にたいの一歩手前まで来ているということなのだろうか。

「ねえ、今、生きたい?」

 俺は、確かめようとした。

 確かめるための質問として、一番シンプルで、一番正しい言葉を選んだつもりだった。

 隣に気配を感じなかったので、止まって振り向くと、彼女は足を止めていた。

 雨を弾く傘の音が、やかましく響いた。

「…………え?」

 ピンクの傘の奥から、聞き慣れない音がした。

 俺は、彼女から発せられた音が、本当に彼女から出たものなのか、疑いそうになった。

「そっかぁ…………」

 それほどまで、彼女は――

「ちょっと一旦、黙ってくれない?」

 怒っていたのだ。

 俺は突然のことに、動けずにいた。怖さと、戸惑いと、冷静な考えが頭の中でごっちゃになって、何をしたらいいか分からなくなって、結果、動けなくなってしまったのだ。

 彼女はつかつかと歩いてきて、そしてそのまま、俺の横を通り過ぎていった。

「ヒロトくんは、人の生き死にを語れるほど、偉くないと思う」

 通り過ぎる時に、彼女はそう吐き捨てていった。

 俺はそのまましばらくの間、歩道に立ち尽くしていた。風が次第に強くなってきたせいで、気がつけば靴がビシャビシャになっていたが、そんなこと気にせずに、俺は彼女がさっきまで立っていた場所を見つめ続けていた。

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