十六日目
「お前、桜と付き合え」
これは、朝、ゆうかの通学路の途中のコンビニに呼び出されて、一発目に言われたセリフだ。
「おはよう」よりも先に、というか寧ろ「おはよう」の代わりのように言われて、俺は頭がおかしくなったのかと思ったが、どうやら、表情を見る限りは真剣らしかった。
何故かと聞いても、「面白そうじゃん」と答えるだけで、そう思った経緯などについてはあまり詳しくは教えてくれなかった。
ただ逆に、俺が付き合うのは嫌だと言うことを伝えると、なんで嫌なのかを積極的に聞いてきた。
俺は、そっちがはぐらかすのを止めたら教えてやると言って、そこでその話は終わった。
学校に着いて、早速ゆうかは、桜にその話をした。
桜は妙に落ち着いたまま最後まで聞いて、それから、
「うん」
と素っ気なく答えた。
これにはゆうかも困った顔をして、「いや、うん、じゃなくてさ、なんか、ほら、ない?」としどろもどろになっていた。それでもお構い無しに、桜は、
「うん」
と頷いた。
口角を少し上げて微笑んでいるのに、額から汗を垂らしていた。体調が悪いのか、暑いだけなのか、それとも、何か笑いを我慢しているのか。いずれにせよ、意味不明だった。
俺は基本的に、大体の表情をパターン化して覚えている。
例えば、喜ばしいことがあれば口角が上がる、悲しいことがあれば眉の外側が下がって八の字になったり口角が下がる、など、それぞれの感情に合わせた表情筋の動かし方というものがセットであるのだ、という前提で人間の顔を観察している。
もちろん、人によってどのぐらい表情筋を動かすかは違うが、同じパターン内で増減するだけだから、よく視てれば大体読むことが出来るのだ。
ただ、ここ数日の桜の表情は、意味不明なことが多かった。
ショッピングの時も、俺が桜が試着した服に「マッチしている」と言った時、
「いやぁ、私にはハードル高いかな」
と残念そうに喋りながら、口角をグイッと上げた。喜怒哀楽の喜と哀を同時に出しているような感じがして、少し気味が悪かった。
また、学校でも、突然髪をわざとらしいなびかせて、
「どう?」
と聞いてきたことがあった。
俺は突然のことに、何と答えたらいいか分からず、テキトーに「い、いいんじゃない? よくなびいてる」と言った。すると隣で見ていたゆうかは大爆笑し始めて、対する桜はすごく悲しそうな顔をして、
「そっか、ありがとう」
と呟いた。表情は悲しんでいたのに、ありがとうの声は感情を殺したような冷たいものだったので、これまた喜と哀(それか、怒?)を同時に表に出されているようで、俺の脳の中がぐちゃぐちゃにされたかのように混乱した。
形式的だけど、一応これから桜と付き合うことになったのだから、彼女がどんなことを考えているのか、知る必要が出てくるのかもしれない。
その時まで、この「何故」は楽しみにとっておこうと思った。