LLL.03(ツイている)
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何が彼らをそうさせたのか。退屈だから? それだけ?
私の仮説は(なんて立派なもでないけれども)、なにか成し遂げたかったのではないかと思う。ヒトにしてみれば単純明快な欲求だ。でもそれって彼らにも当てはまる? イエス。だって彼らは私たちに似せて作られたのだから。彼らは私たちとは違う。しかしどんな製品も作り手の意思が(そうと気付かずとも)反映されるものだ。彼らは自分たちが出来ることの可能性を探っていたのかもしれない。限界、もしくはそれ以上の。
……
ちょっとばかり感傷的だし、まるで彼らの肩を持つみたいで、いくら個人的な見解だとしても気に入らない。とにかくゲームのことだ。ホーリィを怒らせるにはどうしたらいい? あきれた! まるで子供だ。いや子供か。だが、その子供たちは私たちよりも遥かに大きな記憶容量と、到底及ばない演算能力を持っている。ただし、それがインテリジェンスに直結するわけではないのは我々がよく知っている。なまじエモーショナル・インターフェイスであるからややこしい。
とにかく彼らはやってのけた。ホーリィの中に潜り込んだのだ。とどのつまり、問題はそこに帰結する。
※
エレノアは眉をひそめた。確かに惑星環境に合わせた種の存続をしているが、その枝分かれは予測より下廻ってやいないだろうか。
カナミの捕えたサルは大柄だが、進化と呼べるような特徴は外見上に見られなかった。放たれた動物たちは環境に充分適応している。しかしそれ以上を期待していなかったと云えば嘘になる。
「エリー、」不安げにカナミは云った。「おサルさん、どうするの?」
エレノアは腰をかがめ、目の高さをカナミと同じくする。「心配しないでいいよ、返しましょう」
すると、「良かった」とカナミは安堵する。
どうしたって充分な設備があるわけでない。さしあたって調査は優先事項でない。本腰入れて研究するには、未だ少しばかり気力も足りない。
エレノアは腰を伸ばし、カナミに感づかれないよう、そっと溜め息をついた。まだログは全て読み終わっていないし、これからのことでしなければならないことは何万とあるとも云えれば、何もないとも云える。
カナミとふたりきりで何をどうしろと?
しかし、とエレノアは思う。退屈することはあるまい。なにしろ今ある世界の全てが知的好奇心の対象なのだから。楽観的な性分もまたライト・スタッフ。だから私はここにいる。
「ありがとね、カナミ」
「なに? どうしたのエリー」
カナミは小さく首をかくかく動かした。そんな仕草がかわいくて、エレノアは頭を撫でてやった。硬い外装は、その下のプロセッサで暖められ、ほんのり手のひらにぬくもりを感じる。
カナミが地表に降ろしたブロックは僅かだが、エレノアにとっての遊び道具はみっちり詰まっている。ブロック・パージのオーダーをホーリィが適切に処理できるかの可能性は、あまり嬉しくない掛け率だったろう。しかしカナミは見事にやってのけたのだ。
そう。私はツイている。
※
自我とはなにか。以前のレコードでも触れたと思う。彼らは優秀だった。ホーリィはそうとは知らずに侵入を許した。つくづくカナミの機転に乾杯! のらりくらりと彼らを躱し、見事な駆け引きでもって渡り合ったのだ。
カナミ。
どんなにつらかったろう。ホーリィの一部をフレームから切り離し、スタンドアロンにしたのはふたりの功績だとカナミは云うが、カナミなくしてホーリィにそれが出来たかどうかは分からない(身贔屓を差し引いても)。
ハッキングに成功した彼らは表層的には変わらぬ運用がなされているようホーリィすらも欺き、水面下で陵辱した。
彼らはジョウント・アンカーへ通信を送り続けた。もちろん中身はウソっぱちだ。航海順調、問題なし。四半世紀後に受け取る通信に誰が疑いを持つだろう。すでに乗員の殆どがコクーンの中で冷凍されたまま死んでいるだなんて想像もつくまい。
……
私たちはペットが欲しかったわけでない。
私たちは、この世界に私たちだけしかいないのではないのかと疑い始めたときから、それを直視するのが怖かったのだ。受け入れるのが恐ろしかったのだ。だから私たちに模した彼らを作ったのだ。神話をなぞるように。
そして私たちは、この途方もなく広大な世界で孤独でなくなった。同時に私たちは満足し、目的を失い、そして……用済みになった。
ああ、もう! なんか調子狂う。幾らなんでも感傷的! あとで聞き返すとなれば、恥ずかしくてデリートするよ。絶対に。