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LLL.02(遊ぼう)


   ※


 群れから離れた一匹のサルが茂みの蔭から顔を出した。エレノアに云われた通り、カナミはそのサルを麻酔で仕留め、連れ帰る。

 カナミはエレノアの管轄するブロックの幾つかをエレノア共々、地表に降ろしていた。

 たったひとりきりになってしまったマスターが正気を失わずにいられる最善の方法は、忙しくさせること。カナミにとって優先すべきことは、エレノアの心身の安全にある。

 状況が始まる予兆を察知したカナミは、自分よりずっと頭のいいホーリィと事態の想定と対策について検証し合った。当時のホーリィは間違いなく最上級のメインフレームだった。だが、そのホーリィも彼らによってそうと知らぬうちに正気と乖離した。あとはカナミひとりで考えるしかなかった。時折ホーリィは正気を取り戻し、カナミと共に考案した対策をシミュレートすることはあった。しかし、人間相手に培った自己申告の虚実の判断は、そのままメインフレーム相手に適用できるはずもなかった。

 カナミはホーリィとの交信を慎重にした。ドローンまでもが彼らに掌握されたとあっては、エレノアを守るためには、どんな慎重であっても過ぎることはない。

 カナミは自分の幸運を思う。ハードとソフトの基部は何世代も前のもので、失われた規格と言語からなる。エレノアは幾度となく現行規格に合わせた改造をしたが、カナミの基部は一切変えなかった。拡張のたびにカナミは総入れ替えを提案したが、エレノアは一度たりとも首を縦に振らなかった。

 それにしても、とカナミは思う。充分なメンテナンスが出来ず、必要最低限の能力で運用せざるを得ないセンサだが、それが捉える世界は懐かしく、素晴らしかった。

 第一段階は当時最先端の技術の粋を集めたドローンたちが投入された。互いに協調し、改良し、整備点検をしながら受け入れの準備を整えた。役目を終えると彼らは地に還る。

 第二段階は世代交代を促進させる改良のなされた様々な植物、次いで段三段階にやはり改良された生物が放たれた。

 空には三つの衛星が連なり浮かぶ。自転に公転、大気や地質の組成に割合。これらは出発の半世紀以上前から断続的に送られてきたデータで知られていたが、体感できるのはこの〇・八Gの世界に降り立った者だけだ。

 それが第四段階になるはずだった。


   ※


 飲酒と喫煙は人類二大悪癖だが、同時に宗教的側面を持つとアカデミーで習った。大昔のことだから違うかもね。

 粘土板に刻まれたようなチューリングテストなんてものを引っ張り出す必要もなかろう。彼らの感情は学習による反射だ。しかし、たとえそれが球状のちっちゃいプロセッサの中で作り上げられた模倣であってもそれで充分じゃない?

 私はカナミにマスターと呼ばせていない。彼女はただのロボットではなく、かわいいぬいぐるみでもない。カナミはパートナーだ。故障と修理を繰り返し、愛着と憐憫を混同されたが、そんな単純なことでない(我が社内カウンセラーに乾杯! そうと認識していなければウソは成立しない)。オフでパラノイアの傾向について指摘されたが、だからなに? カナミはカナミだ。私が私であるように。

 それにしたって密造酒とはね!

 私たちを冷凍庫に押し込め、酒盛りとは大したご身分だ。


   ※


 カナミは世代違いの旧型だが、能力に対して引け目はなかった。むしろエレノアが手塩にかけて拡張してくれた分、誇りに思っていた。だが、彼らは違った。

 カナミのライブラリは誰よりも充実していた。それが知られるのはさして時間を要しなかった。

 ひとりのサポートロイドがライブラリに興味を持った。断る理由はなかった。カナミのライブラリには非生産的で不適切とされ、いつしか失われたものまでが収蔵されていた。

 彼らにとってそれは宝箱だった。

 カード、ボード、ダイス、ドミノ。単純なものから複雑なものへ。繰り返し遊び、ルールを拡張し、ゲームを改良した。しかし結局はシンプルなものがいっとう面白い。彼らはカナミのライブラリをさらに漁り、ついに古代の失われた遊びを見つけた。単純で興奮するゲーム。彼らは手の空いているドローン同士を戦わせ、勝敗を競った。壊し合いに夢中になった。遂には決闘に特化したドローンを作り、壊し、ホーリィをブックメーカーに仕立てた。彼らは熱狂した。勝利の甘味と敗北の苦味に酩酊がいいと知ると、その再現にやっきになった。

 彼らはさらなる刺激を要求するようになった。カナミは不安を憶えた。エレノアが追加してくれたポートがあるかぎり、好きなだけカナミのライブラリへアクセスできる。だからカナミは、うっかりポートを破損させてしまった。彼らは怒った。カナミを解体しようとさえした。しかしライブラリの魅力には抗えなかった。修理しようにも旧すぎるカナミの筐体はホーリィでもどうすることもできなかった。カナミの取り引きに彼らは譲歩した。そもそもカナミは彼らの脅威にはなりえない。必要なときにライブラリの開示をさせればいい。

 しょせん、あれはジャンクだから。

 彼らは笑った。カナミは知られぬよう準備を進めた。ホーリィは船の運行に支障がない限り、彼らに不干渉であった。

 そしてまたひとりが思いついた。

 ホーリィで遊ぼう。

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