LLL.01(嬉しいものとは限らない)
ロスト・レターズ/ラスト・メッセージ
夢の残滓はミルク色の光に包まれ一瞬で溶け消えた。エレノア・バスクはぼんやり目を開け、狭いコクーンの中で身体を起した。
「オハヨ!」
「はいはい、おはよー」
目をこすりながら生返事。かたわらでカナミがきゃっきゃと嬉しそうにぐるぐる廻る。三フィート強、チェスのルークに腕を取り付けたような姿で、ボディは薄いアイボリー。顔立ちと呼べるほどのカスタマイズはしなかったが、カナミは子供らしい好奇心と、図書館いっぱいの知識、それから幾つものセンサからできている。
第二世代のサポートロイド。小さい頃に祖父から譲り受けた。乗員でメタルケースを連れていたのはエレノアだけだった。
「エリー、おね、ぼう!」
下着の上から尻をかき、あくび混じりにエレノアは床へ足を下ろした。ひやっとしたプラスチックの感触。寝起き特有のもやがかっていた意識が覚醒する。
何かが、おかしい。
※
なんてこと(ホーリー・シット)! カナミの話を訊いて思ったことはその一言でしかない(汚い言葉で失礼!)。
私はエレノア・バスク。プラネット・ミューズ社の社員だ(だった?)。第六計画、開発部門の二等生物技官、船ではパートタイムで機関士補助を兼ねる(仕事も給与もナンセンス!)。
気持ちの整理と記録の為にこれを残す。でもいったい誰に見せると云うの? そもそもこのレコードが再生されることはあるだろうか。再生できる環境が維持できるのだろうか。内容が理解されることはあるのだろうか。まぁいい。本当はノートに書き綴りたいのだが、あいにくと紙束は何万フィートも上空に浮いたままで、降ろしたところで使えるかどうかもあやしい。せっかく祖父から貰ったメタルポイントを持ち込んだのに残念。そのメタルポイントと云えば会社に提出したリストでちょっと問題になった。しかしこれが(一)筆記具である、(二)危険性は極めて低い、との二点から許可された。会社は今回の件で安全基準を大幅に見直さねはなるまい。だが、それを教える手段がないのは残念だ。
※
救援は絶望の同義語である。メンタルチェックに合格し、カウンセリングを何十時間とこなした者でないと従事できない。それでもエレノアは頭を抱えずにいられなかった。せめて誰かいれば。自分だけでなければ。もはや明白だ。プロジェクトそのものがロストした。
エレノアは、カナミが準備を整えてから自分を目覚めさせたことを理解すると、ログを端末でひたすら読み漁った。かたわらでカナミは色々と世話を焼いてくれた。
すべては第五世代のサポートロイド、バイオケースが原因だった。
時代掛かったスタイルであるカナミと比べ、彼らは服を着、愛らしい笑顔を持ち、滑らかに会話する。殆どは想定年齢を十代前半に設定され、船に連れて来られた彼らもやはり似たり寄ったりだった。
乗員たちは長期航行のため、凍結睡眠噐、コクーンに身を横たえる。その間、ヒトとは異なる組成を持つ彼らが船を預かる。だが、船の維持はメインフレームのホーリィと、その手足にカナミよりもシンプルで、しかし多種多様のドローンたちが対応する。
サポートロイドたちは眠る彼らのマスターに代わってホーリィと協調し、時には指示を出し、時には助言を仰ぐ。そして記録を森のパンくずさながら航路上に配されたジョウント・アンカーへ送信する。
返事のない片道通信。長い時間の合間にサポートロイドたちは退屈を憶えた。最初はただのゲームだった。
※
こんな有り様でも惑星低軌道にホーリィがいるのはちょっとした安心材料。一日十三回、頭上を通過するその瞬間を捕まえればいい。もちろんカナミはそのスケジュールを計算している。ただし通信そのものは非常にナイーブだと、しょんぼりしていた。私を起すまでの合間に何度も試み、もちろん成功しているのだが、ホーリィは汚染されている。切り離した一部でどうにか運用しているらしい。しかしそれがどれほどなのかはホーリィの自己診断を信じるしかなく、こちらで判断できない。まったく、子供たち(見た目だけ)はやってくれたものだ!
カナミを笑っていた乗員を思い出す。いい置物だね、どこの博物館からくすねてきたんだい?
まったく面白いね。は-は-は!
……
情けない。何万人と関わっていたプロジェクトが長い月日の果てにこのザマだ。いや、計画がここまでたどり着くにはもっとたくさんの人材と時間が費やされたのだ……。
今、ホーリィは自己修復を試み、キャパシティ不足を補う為に、あろうことか物忘れを組み込んだと云う。驚き! 誰がそんなことを考えたろう? メインフレームは運用でも、設計でも、そんなことは想定されていない。これもまた子供たちの置き土産と云ったところか。
でも、贈り物とはいつだって嬉しいものとは限らない。