因果を断ち切る
やっと一息ついたところだというのに、どうにも彼は騒動を呼び込むらしい。
――いや、騒動が彼を呼んでいるのかもしれない。
「じ、地震です!」
今しがた横になったばかりのラスターがすぐにまた半身を起こし声をあげると皆が、分かっている、といった様子で立ち上がる。
「どぉーにも、ただの地震とは思えないんだけどっ!」
「嫌な予感がする……きっと、カナメが何かしたんだよっ」
「……ソウデス」
セラがラスターと、ユーミがカルブとそれぞれ頷きあうと、急いでこれから寝るために準備した道具たちを片付けだす。
やがて収まるだろうと思われた地震は、次第に、確かに、強くなり。そしてその動きを止めた。
がらがらと、土砂崩れの様な音を響かせた山頂付近を見上げると――。
正確には山頂はなくなっている。召喚士の集落があるとされた八合目より上は崩れ去り、代わりに”ある者”が咆哮をあげるところだった。
両手で耳を塞ぎ凌いだ一行は、ただならぬ気配を感じ取った。
ビリビリと、うなじを震わせる『嫌な予感』は感覚の鋭いハーフエルフ以外にもはっきりと感じ取ることができる。
「荷物を抱えて走ってちゃ、間に合わないだろうね」
「何に、ですか……?」
「――何らかの、状況にだよ?」
「カナメを助けなきゃっ……」
彼の事を心配して、一人突っ走る魔術師の背中に冷静ぶった少年が声を掛ける。
「荷物を、どうするんですっ!?」
「代わりのを買えばいいよっ、だけど彼の代わりは、きっといないからね? 急げっ」
荷物の中から銃と弾薬だけを慌ただしく取り出して、彼女らの後を追いかける。
木の間に間に、山肌に少しだけ見えた”ソレ”はかつての砂漠の死闘を思い出させる。
「……あれははたして、人という存在が敵う相手なのでしょうか――」
***
揺れる地盤の上を駆け、崩れる岩のつぶてを避けて、カナメと少女は大地を目指し、仲間達は彼の無事を願って上を目指す。
山の上では獣が叫び、叫びが響けば大気を震わす。
厄災の獣トゥリヘンドは、真っ暗な双眸の奥に真紅の光を湛えながらもはっきりと逃亡する二人に焦点を合わせていた。
自らをこの山へ磔にした召喚術師の血と光の精霊を、或いは腸が煮えくり返るほどに、恨んでいるのかもしれない。
亀のように、強固な岩盤にも似た甲羅を背負い、そこから生える手足は、顔は、白く長い毛に覆われている。
象のように、武骨な足が。嘴が、目が。この世のすべてを恨んでいるようにも見える。
雛のように耳をつんざく産声をあげていたがやがて体を動かし、カナメとルピナの逃げる方へと歩いてきた。
標的にされた彼らも、決して短くはない距離を走って斜面を駆け下りる。斯くして、体力の限界が訪れるのはよもや必然だ。
「はぁっ、はぁっ、ルピナ! まだ走れるか?」
「……アンタよりはねっ」
強がって見せるが落石に足を取られ、転倒してしまう生き残りの少女。
トゥリヘンドが地団太を踏めば、大きな岩石が二人を頭上から狙い撃ちに。当たれば終わりだろう。
ぎりぎりのところでルピナを抱えて転がり込み、珍しく機敏に立ち上がるが足元は、切り立つ崖。
少女は終わりを覚悟するが、カナメはしかし、嗤っていた。
恐怖のあまり頭がおかしくなったかと思って彼の視線の先を見てみると、崖の下の山道を走る数人の影。
「――ユーミ―ッ! 助けてええぇええッ!」
助けるといったくせになんだそれはと思う間もなく、あろうことかルピナを抱えたまま飛び降りてしまった。
「――うおおおおおぉおぉぉぉ…………
「母さんっ」
「どうしたの? ルピナ」
「霊獣さんたちは、どこに住んでいるの?」
「ルピナがいる世界とは別の世界に住んでいて、そこから来てくれるのよ? ルピナが、助けてって言ったらね」
「イプリスも?」
「そうよ」
――きゃぁぁあああああ
「父さん……」
「おぉ……どうしたんだい? ルピナ」
「ルークがいじめるんだよ。お前のイプリスは戦う力がない、って言って」
「イプリスが? 戦わなくたっていいなら、戦わない方がいい。霊獣たちには悪いけれど、その方がいいじゃないか」
「どうして?」
「ん? どうして、か。うぅん……ルピナは、戦って怪我をするイプリスと、一緒に遊んで笑っているイプリスの、どっちが好きだい?」
「そりゃあ、笑ったイプリスに、決まっているじゃない!」
「そうだろう? きっとイプリスだってそう思うんじゃないかな? 泣いているルピナよりも」
――カナメぇっ!
「母さん」
「どうしたの? 可愛いルピナ……」
「私が泣いていたら、イプリスが出てきて楽しいことを言って笑わせてくれるの」
「よかったじゃない」
「でも」
「うん」
「イプリスが困っていたら、誰が助けてくれるの?」
――カナメさんっ!
「父さん!」
「どうした? ルピナ」
「絵本をよんだよ! 神さまは、いるのかなぁ?」
「はっはっは、きっといるさ? ルピナがいい子にしていたら、きっと助けてくれる」
「そっか……私、いい子にするよ! でも」
「うん」
「神さまが困っていたら、誰が神さまを助けてくれるのかな」
「神さまがルピナを助けてくれるなら、ルピナも誰かを助けるんだよ。お互いにね」
――カナメ君!?
「父さん、母さん」
「…………」
「ねえってば!」
「ルぴ、ナ……」
「やだよ、逃げようよ!」
「ルピナ……幸せになっ、て」
「ルピナ、きっと誰かが、神さまが、おまえを助けてくれるさ……でも、助けられてばかりでは、だめだよ?」
「父さんも母さんも助けてくれない神さまなんて信じられないよっ!」
「父さんは、神さまを信じるよ……ルピナが生まれてきてくれて……」
「母さんも。こんなに愛しいルピナに出会えて……」
「生きろ……諦めないで、生きてくれよ、そうすれば、ルピナ――」
「イプリス……ルピナを、お願いね――」
崖から飛び降りる二人を追いかけて、厄災の魔物は四肢の筋肉を大いに利用して跳躍、彼らの傍へ着した。因縁の相手を逃がすつもりなどはないらしい。
――破滅。
そんなものは到底、彼は信じない。
「うおおおおおおおおおお!」
山をも砕く化け物の咆哮に負けじと、決して強くは見えない一匹の『漢』が雄たけびを上げる。
まき散らす鼻血は、真っ赤に散る花弁の様に。
彼を襲う”頭痛”は、彼が咲かせる、花開く才能の代償。
いつの間にか、先ほどまで自分を抱いて我武者羅に走っていた彼は、知らないだれかに、抱かれている。
魔術師の様なローブをまとった、綺麗な顔をした女の子に。
「――父さん、母さん、私だって、”誰か”を助けたいよ!」
ルピナが願うとほぼ同時に、ペルセ・ルピナの左手の甲には、黒色で象られた右手の紋章とは別の、七色に輝く光の紋章が浮かび上がる。
いつも可笑しな能力で窮地を切り抜ける、彼が描いた紋章が。
「――ルピナを縛る、因果を断ち切る!」




