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厄災の獣

 ルピナの”住処”は、荒廃した集落の中でも一際損傷の激しい一件の廃墟に入り、カビが生えている床の扉を開けると姿を現す地下室。


 数段の梯子を下りて、ささやかな家具がある程度の暗がりへと降りた場所。家具や雑貨は可愛らしい色や模様。かつてはきっとそうだったのだろう。今は黒ずみや煤、泥。そう言った積み重ねによって見る影もない。


「イプリス、来れる? ――ほら、これ。父さんのだけど」


 カナメに丸めた布を放り投げながら椅子を進めると、自分は清潔には見えないベッドに腰を下ろして狸に似た動物を呼び寄せる。『へい』と答えてドロンと姿を現した。


「それが、召喚術、なのか?」


「ええ、そう。”霊獣”を呼び出すことができる種族が私達召喚術士。をこの力が怖くって、魔族たちは私たちの村を、家族を、襲ったんですって――でも、私が呼び出せるのはこの子だけ……戦う力なんてない。放っておいてくれればいいのに」


 口角をあげては見たもののすぐに悲痛な顔をして、現れたイプリスを膝の上に乗せ、抱きしめる。

彼女に与えられた温もりは、今ではこの狸だけのようだ。


(おかしい……最後の目撃情報では、『鳥』型だったはずだ。この狸が化けていたのだろうか?)


 考えながら放ってよこされた丸めた布を広げると確かにズボンだった。早速装備して威厳を取り戻す。すこし湿った感触をしているが、それを言うのはいささか贅沢。野暮というもの。


「アンタ、救ってやる――って言ってたわよね。一応話してあげるわ。別に期待はしていないけど」


「…………」


「兄さん、召喚術士の事を知っているでやんすか?」


「いや、悪い。この世界の召喚術の事は良く知らないんだ」


 イプリスも会話に参加する。

きっとルピナは心細いだろうし、狸も一緒の方がいいだろうと考えた。


「この子らは、あっしらのような霊獣と契約してその力を借りることができるんですぁ。そして、証として紋が体に刻まれやす」


 イプリスがもこもこの右手を見せてくれると肉球とは反対側、手の甲に紋章が浮かび上がっていた。同じ模様がルピナの右手にもうかがえる。カナメにはそれがどういった意味合いを持つ記号なのかは分からない。もっとも、もう誰もわかる人間など、残ってはいないが。


「昔は、絶大な力を以て――それこそ全身に紋が刻まれた召喚術士もいやした。それが聖王と盟約を結んだ当時の族長でやんす」


「紋章一つに、一体の霊獣。契約をする方法は様々だけどね。私は生まれつき、イプリスがいた。産まれた時にはこの紋章があったのよ」


「何となくわかった。強い術士は何体も霊獣、ってのを召喚出来てそりゃもうおそろしく強い、ってことだな」


「ついでに、すでに契約をした霊獣は別の術士とは契約ができやせん」


 召喚術士の大まかな事は理解できた。

 分からないのは。


「それで、ルピナがここを離れられないのは、どうしてなんだ?」


 今まで聞いた話だけでは、この廃墟の集落に縛られる理由にはならない。


「人を守るのは、私達と人族の盟約。召喚術士の使命は、別にあるのよ――」


「別?」


「そう。私たちがこんな辺鄙な所に住んでいたのは、”厄災”の封印を見守るため。古代より人々を苦しめたという”厄災の獣トゥリヘンド”が解き放たれない様、ここで見守るため。襲ってきた魔族の狙いは恐らく――獣の開放」


 古代において強力な何かを封印する。

カナメは喉の奥に何かが引っかかるような感覚を覚えた。

 いつかの、木乃伊。



「……どうやって封印していたか、聞いてもいいか?」



「かつてこの辺りを蹂躙していた厄災の獣を、召喚士一族と人族の力あるもので協力して封印しようとしやした。しかしながら獣の力はすさまじく、弱らせるのが精いっぱい。魔力切れによって霊獣を呼び出していられる時間は切れ、もはやこれまでというところ現れたのが、かの精霊王でやんした。

地獄の王の短剣を光の精霊の力で浄化し聖剣へと変え、その力を以て厄災を封印したっていう話ですぁ――」



”禍々しい剣””光の精霊””聖剣”――。



「数十年前から精霊の力が弱まり、その姿は地獄の魔剣へと戻ってしまいやしたが一族の者が毎日祠へ血を捧げて封印を持たせていたんでやんす。それも魔族の手によって盗み出されてしまいやしたがね」


「今では私が”要石(かなめいし)”である聖剣のない封印の祠へ毎日”血”を捧げながら、何とか別な方法がないかを考えていたけど、大した力を持ってない私の血なんかでいつまで持つか……」



 カナメは苦虫の親玉の様な苦い顔をして腰からソレを取り出す。いくつかのワードが、決して多くはない仮定へと導く。


「もしかして、――これ、じゃない。よね?」


「まさしく! これは”聖剣フォスエンブリス”でやんす!」「そうだ! この聖剣を譲ってくれない!? この聖剣の力で封印を――あれ? さっき光の精霊……」


 カナメが剣を差し出すと狸と少女は嬉々として前のめりになりながらもそれぞれ少し違った反応をした。


「イプリス。これって、ここで盗まれた、魔剣、だった物なの? ……別な聖剣じゃなくて?」


「ルピナは、剣がまだ聖剣の姿をしていたころは生まれていないでやんすからね……こいつぁ本物ですぁ」


 かつてこの地に封印したという”厄災の獣”聖剣と光の精霊、その二つの力があれば封印の再現ができるかもしれない。

 そう考えてルピナとイプリスは期待に色めき立つ。


「なぁ、ホーリィ。何か覚えていないか?」


『主よ、面目ない。覚えていないのです。何かを封印していた光の精霊と言えば私に違いありません。しかしなんといいますか、予感はしますね……時すでに』


 地面が、山が振動を始める。


 立っていられないほどに。


『――遅し、と』

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