漢ナルシマ
ルピナ、と名前を教えてくれた少女。
やっと誤解が解けたと思ったら今度は木の幹に刺さった剣に驚き、膝の力を抜いてぺたん、とへたり込んでしまった。
「ど、どうしんたんだよ、どっか怪我してるのか?」
急に座り込んでしまったルピナを心配してはっきり狼狽える転生者。もし怪我をしていたとしたら、今は治療する術を持ち合わせていない。
(――間違い、ない。これはきっと”聖剣”の一つ……焼失したグリモワールで見たことがあるもの……)
「……大丈夫か?」
「ちょっと、アンタ! これをどこで手に入れたのよっ!」
「待て待て、それを教えるのは構わないけど、どこか安全な場所まで移動しないか?」
「……安全な場所なんて、もう、無くなっちゃったのよ……スケルトンの群れに襲われてからは――」
さみしそうに、悲しそうに。瞳を潤ませてぼそ、と呟いた少女は背中を見せる。
君がそうなんだな? そう聞いてしまったことに、カナメは居心地の悪さを覚えた。すなわち、生き残り。君はひとりぼっちなんだな? そう聞いたことになんら変わりはない。
「……さっきは、悪いことを聞いたな、ごめん」
「ふん! 変態なだけじゃなくて頭も悪いのね!」
「悪かった、ってば。この剣について聞きたいんだろ? 多分、関係がある。スケルトンの群れっていうのと」
「……どういう事? いいわ。家に案内するからそこで話して頂戴。絶対に安全とは言い切れないけどね――」
***
険しい森を突き進んでゆく、ハーフエルフの冒険者と、しがない発明家。得体の知れない機甲。
そして今は腕力のみで戦う魔術師。
モンスターはあれから襲ってこないが、鬱蒼とした森の中、その斜面をひたすらに登っていくと、やがて太陽が沈み始める。
「暗くなってからこんな足場の悪い場所を進んで行くのは危険だね。ここら辺で、一旦休もう」
「でもっ、カナメはまだ」
「ユーミさん、焦る気持ちもわかりますが、あなたが倒れてしまっては彼を助けられません。まずは我々が万全の状態で彼を見つけなくては。彼はどうせ無事で――それでいてまた一段と厄介な事を抱えて合流するでしょう」
「ソウデス」
冷静そうに、しかし自分自身に言い聞かせるようにユーミをなだめるラスター。腰を落ち着かせると一人でぶつぶつと何かを言っている。
光の精霊とその主が不在のため、暗くなる前に火を起こして明かりと暖を取る。斜面を登りながら渇いた薪を拾っていたセラはふー、と一息ついてある疑問を。
「あのじいちゃん。こんなところを一人で登ってたのかねえ……」
「パオさんがいたよ?」
「まぁそうなんだけど。じいちゃんだよ? ヒル人間に襲われたら逃げ切れるとも思えないし」
ぱきぱきと小枝を追って焚火に放り投げ、セラが不思議そうな顔でぼやいている。
「そういえば、僕も気になることが」
「どしたんだい、ラスター君」
「スケルトンは、白骨死体に死霊が乗り移ったモンスターです」
「そう聞くね」
いつもと同じように木を組み合わせて鍋をひっかける土台を作り、お玉で中身をかき混ぜる。彼がいなければ無限の水はない。今回は少なめの水で調理をして、その味を見ながらラスターは話を続けた。
「スケルトンは黒の聖女様が全滅させたと聞きましたが、死霊もそのまま滅びたのでしょうか。砂漠のミイラは聖女様でも手を焼き、封印するのみだったと言います」
「この山は、黒の聖女様がやっつけたスケルトンから抜け出した死霊のモンスターがまだたくさんいるってこと?」
「ユーミさん、モンスターがいるのは仕方がないことですが。倒せるのでしょうか? 銃で、矢で、杖で」
普段は気にならないが、どうしていただろうか。きっと死霊のモンスターや魔族が現れたとしたら。聖剣で、光の精霊の力で。死霊に効果のある世界樹の杖は砂漠の町に文字通り根を張ったため所持していないが。
きっと、今は不在の、彼の力で撃退していた事だろう。
「あんまり相性は良くないだろうね……聖水でも持ってくるんだったかなぁ」
「まあ、仮定の一つにしかすぎませんが。――死霊のモンスターなど、通常の人間ならばぜひとも遭遇したくないものです」
再度味付けを調整して夕食の完成を宣言し、皆の食器によそって配る。
太陽が、身を隠す――。
***
森の中を進んで幾何か。目に付くのは集落、その跡地。
崩れた廃墟が立ち並び、陰鬱な気配を惜しみなくまき散らしていた。
「ここに、一人で住んでいるのか?」
「……そうよ」
十数棟の家々はほとんどが崩れ、雨ざらしで腐食した建材は虫に食われていたり、苔が生えていたり。燃えたであろう様子もあった。
中央の辺りにある井戸からは悪臭が立ち込めている。きっとこの井戸の水は飲用するには適さない。
「小さい女の子がこんな所に一人でいるなんて危険だろ。モンスターもいるし、さっきの死霊みたいなのも。僕が仲間と合流したら連れ出してやるから一緒に町まで――」
「……うるさいのよ」
山奥の集落に一人で住んでいるという少女の身を案じ、町まで連れて行ってやると提案するカナメを、拒否。
廃墟の立ち並ぶ苔むした道をつかつかと、カナメのやや前方を歩く少女の背中は、ここから出ることを断固拒絶。そんな意思表示をしていた。
「安心してくれよ、僕は正直アレだけど。仲間は皆強いから、道中ワイバーンが現れたって一匹くらいなら――」
「――うるさいって言ってるじゃない!」
少女の声が、静かな森の中へ響く。
「私だってこんな所に好き好んで住んでるわけじゃない! 綺麗な服だって着たいしおいしいものだって食べたい! お風呂に入りたいし違う景色も見たい! 安心して、眠りたい! さっきから仲間仲間って、独りぼっちの私への当てつけなの! 何にも知らないくせに構わないでよ! しょうがないじゃない! 私はここから! ……離れられないんだからっ……」
声を裏返らせながら、今までの不安も、不満も、不幸も、不条理も。
もはや悲鳴にも近い叫びをあげる目の前の少女は、最後には涙をこぼしてここを離れることができないと言った。
自分はどうだ、独りぼっちでの転移だったが、いい大人だ。
色々な人にめぐり逢ったし、色々な景色を見た。
この子はどうだ、独りぼっちでまだ、子供。
故郷は滅びて、どうやら時間制限のある狸はいるようだが、人間はいない。目に映る風景は、この有様。
本当は離れたいのに離れられない。
それならば――。
子供を助けるのは、女の子を救うのは――。
「……理由くらい話してくれ、教えてくれよ! ――”漢ナルシマ”、きっと君を救ってみせるから!」
大人の。男の。役目だろう。
「……そんな格好で、恰好つけないでよ……」
少女が細々と紡いだ言葉はその意味とは裏腹、少しばかりの漢の熱が伝わったようにも感じられた。
葉っぱが一枚、夜を運ぶそよ風に揺れていた。




