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アンタ≒アナタ


「くっ、ズボンさえあれば、こんな事には!」


 後悔は先には訪れない。すっかり変態と勘違いされたカナメは、先ほどから殺意を向ける少女に対して成すすべなく身構えるだけ。冷や汗を垂らして対峙している。


(この変態、どうやって実体を持つ者が入ることのできないこの結界に侵入したの……まさか、祠の術式を起動したの?)


 敵意はそのままに、少女はしかし油断なくカナメの方を見やる。


 どうにかしてこの少女の誤解を解かなければ、仲間との合流などできない。できることなら、召喚術の力を使って協力してくれないか。と打算的にさえ考える。

 もとより、カナメ一人では頑張ってゴブリン程度しか倒すことなどできないのだから。この森を当てもなく彷徨い、都合よく仲間に見つけてもらうなど不可能だ。


「や、やぁ。少し、話をしないかい?」


 軽く両手を上にあげ、武器は持っていないことをアピールして微笑みかける。正直な所、革のベルトを巻いて腰に携帯している聖剣はあるが、正面からは見えないだろう。

 金属部分が素肌にあたって、冷たい。なんとか笑顔を作り出そうとするが、焦りのせいでうまくいかないでいた。


「話すことなんて、ない! アンタは本当に人間? どうやってここまで来たの!」


 話すことなどないと言いながらも、質問を投げかける少女は自らの矛盾には気づいていない。

 醜悪な笑みを浮かべる目の前の男は不気味な雰囲気を放っていた。


 どうやってここまで。イプリスと呼ばれた狸も、ドラゴンに化けて脅しをかけようとした際にそう聞いてきた。


(どうやって、ここまで来たか……それが()()()()なのか?)


 頭の中を整理して、言葉を探す。正解を引ければ。この少女が納得する言葉を選ぶことができれば。


「それが、森の中で――」


 そう言いかけ、少女の背後で揺らめく何かが目に入り、思わず口から発せられる言葉を止めた。


  似ている。


 人に化け世界樹を枯らそうとしたいつかの魔族。死霊の君主であると散り際に叫び、聖なる光で焼き尽くされた、”魔族”に。


 そして、代わりに発した言葉が。


「おいっ、後ろだ!」


 歪に微笑む微妙な笑みを、必死な顔へと変貌させ、変態が叫ぶ。思わず、といった様子で彼の視線の先を見ると、森の暗闇の中でさらに黒く揺らめく、影。驚いて後ずさりすると地面の石にかかとをひっかけ、尻もちをついてしまった。


 少女が〈ひゃ〉と小さく声を漏らすほんの少し前に走り出したカナメは腰から小型の剣を抜き、揺らめく影が少女へと肉薄する寸でのところでその剣を投げつける。


 狙い通りに揺らめく影のど真ん中を貫通した剣は少女の顔の前を横切って、その少し先の樹木の幹に突き刺さった。

 影は揺らめき、ぽっかりと空いた胸の辺りから徐々に消滅をはじめ、呼吸を三回繰り返すほどの時間をもって、周囲の暗がりに溶けて完全に消滅した。


「はぁ……よかった。投げナイフなんてやったことがなかったら。おい、平気か?」


 つかつかと少女のもとに歩いていって、手を差し伸べる。だが。


「ぁ……、フン!」


 黒い影を退け手を差し伸べた彼の顔を一瞬だけ見つめ、少女は少しだけ手を伸ばしかけて、はっとしたように腕を組んでそっぽを向く。

 しかし逆側を向いて目に入って来たのは、樹木に突き刺さった剣の傍らにふわふわと漂う、光。


『主よ、私の依り代を投げるとは感心いたしませぬが?』


 精霊。


 少女はこれほどはっきりと具現化している精霊など見たことがなかった。ましてや、言葉を操って対話ができる精霊など。

〈主〉? 疑問に思って再度逆方向を見ると、そこにいたのはただの変態。


「悪い、ホーリィ。走っても届かなそうだったから、つい」


「あ、アンタは一体……?」


「僕はカナメっていうんだよ。訳あって旅しているんだけど。なぁ、名前を聞いてもいいかい?」


 少女の表情には、先ほどまでの殺意は感じられない。どうやら誤解は解けたようだ、と安心して再度手を差し出す。


 再度右手を差し出そうとして途中でやめ、表情を曇らせ再度問いかける。


()()()は……私の敵じゃない、の?」


「さっき言ったろ、僕はカナメ、ただの人間だ。世界を救う度の途中で、どうも色々な危険とか、騒動に巻き込まれるんだよ。今回みたいに」


 しつこいくらいに自己紹介を重ね、さっきまでの歪な笑みではなくにかっと笑って途中で止まっていた少女の手を強引にとり、立ち上がらせる。


「……あ、ありがとっ――ううん、でもっ、私は悪くない、そんな格好で現れたアンタが悪いんだからっ」


 ほんの一瞬ぼうっとしていた少女はカナメの手を振り払って、申し訳程度の礼を述べる。


「ズボンがないのは事故だって言ったろ! こんなことで殺意を向けるな! それより、もし礼をしてくれるってんなら――」


 何か考えが浮かんだように彼は、少女の方に一歩進んで、それにつられて少女はひッと小さく声を漏らして一歩、後ずさりする。


「――履くものがあまっていたら、分けてくれないか?」


「私……私の名前は、ルピナ。正確には、ペルセ・ルピナだけど。家に行けば、多分ズボンくらいあると思う。呪われていなければ使えると思うから、そのくらいはくれてやってもいいわ」


 一歩後退したことで背中にあたった樹木に体重を預け、なにやらホッと胸を撫でおろす少女。


「また、呪いのアイテムかよっ」


「”また”、ってアンタ一体……」


 少女はそうぼやいて、ふと何気なく、木に刺さったままの剣を見る。

柄の部分にはホーリィと呼ばれた精霊が座って足をぶらぶらさせていた。



「……! これ、聖剣――」



 折角立ち上がらせた少女は、ひどく驚いたようで、再び地面に尻もちをついてしまった。

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