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むき出し

「あ……あれ?」


 折角、迫りくる(ヒル)共を撃退して一休みしていたところだったのに、彼が見ている風景は一瞬で別のものとなっていた。

 どうやら森の中には変わりない。肩肘をついて横たわっていた体勢から、ほんのり眩暈がする頭をぶるぶると左右に振り、慎重に体を起こして周囲を見渡す。


 仄暗い暗い森の中。


 木々は先ほど皆で休んでいた場所より少なく、ほんの少し開けた場所にも感じられる。傍らには何らかの石碑がある。

 そして木の数は先ほどより少なめだというのに、より一層暗く感じたのは薄暗い森の中、木々の間から彼に差し込む太陽の光を、巨大な何かが遮っているからだ。

 いつの間にか知らない場所に転移したカナメが違和感について、その原因を知るのは一瞬後。光の精霊を呼び出す間もなく、爛々と光るいくつかの双眸とはっきり目が合ってカナメは立ちすくむ。

 頭の中は、真っ白だった。


 ――「どうやってここまで入り込んだ、人間よ?」


「ヒィィィッ!」


 周囲の木々が揺れる錯覚を覚えるほどの、低く太い声が、呼び覚ます。恐怖の感情、死の予感。



 ――「すぐに立ち去るならば、命までは奪わぬが」


「ヒ、ヒィィィッ!」


 声、牙、爪、鱗、翼、尻尾、眼光。その存在の全てが、少しの挙動を働くだけでか弱き人間の生命などは簡単に奪えるだろうという事を猛烈に主張していた。

 皆で協力して一体の亜竜を撃退したのはつい先日の事だが、目の前に現れた脅威と比べてみれば只の”飛ぶ蜥蜴”だったと言っても過言ではない。



 ――「言葉が分からぬか? それとも、【死】を恐れぬか?」


「ヒ、ヒィィィーッ!」


 真紅の鱗、三つ首のドラゴンは炎交じりの吐息を混じらせながらも、うっかりここにきてしまった彼の命をすぐに奪うことはしない。



 ――「……ちょっと落ち着け。すぐには命を奪わぬから、早くここから」


「ヒィィィッーーー!」



 ――「あ、あの……」


「ヒィィィ――」



「――もう、ダメね、こいつ。イプリス、いいわ。もどって頂戴」


 何度もしつこく悲鳴を上げる彼を侮辱する言葉が、木陰から聞こえてくる。威嚇するような声色のドラゴンは三つの首を使ってカナメの正面と左右から覗き込んでいたが、退路は開けておいた。

 それでも恐怖のあまり逃げる事さえできず、体をぶるぶると震わせていたのだが。


 ドラゴンの声とは対照的に、細く、高い声で命令されて首の一つが返事をする。


「……へい」


 ぽんっと、瓶からコルクの栓を抜くかのように子気味いい音を立てると、煙か、蒸気か。モヤモヤとした何かを周囲にまき散らしながらドラゴンは消失した。

 代わりに残ったのは、頭に大きな葉っぱを乗せたタヌキのような動物。


(た、たぬき……? これが、ドラゴンに化けてたのか?)


 命の危険を感じて失神寸前だったカナメは呆然と目の前の動物を見つめる。


「ヘンな、人間ですぁ。どうして逃げないんでやんすか。それに――」


「イプリス。そいつは一体何者なの? この結界――ひぃぃぃっ!」


 木陰から、イプリスと呼ばれる動物に話しかけながら姿を現したのは、少女。

 グラシエル王国の一番小さな王女様、サリアと同じくらいの年頃に見える少女はカナメの姿を見て悲鳴をあげる。


「――下衣は、どうされた?」


「イプリス、変態よ! 早く追っ払って!」


「魔族の次は裸族の強襲、でやんすか。ルピナ、あっしは戦う力はないもんで。大丈夫、邪悪な人間には見えやせん。それにそろそろ”お時間”でやんす」


「ちょ、待ちなさい! どうにかしなさいよ! あ――」


 下半身むき出しの変態と二人きりにされるのは居心地が悪い。どうにかして追っ払ってもらおうと懇願するもむなしく、まさにドロンと音を立て煙をあげながら姿をくらませる『イプリス』という狸。

 頭に乗せていた大きな葉っぱがひらひらと舞い、それが地面に落ちるまでのわずかな時間、取り残された二人は無言でその様子を見ていた。


「私が、殺すしか――ない」


 少女は思いつめた表情をして物騒な言葉を呟くと視線を泳がせながらカナメが視界に入るように、しかしカナメにピントが合わない様、慎重に体を向けた。

 むき出しの男に、むき出しの殺意をぶつける。


「ちょ、ちょっと待てってば! 僕も好きでこんな姿なわけじゃないんだよっ!」


 言いながら、柄にもなく素早い動作で狸が残していった葉っぱを股間に装備する。


「僕は仲間と一緒に、召喚術士の集落の、もしかしたらいるかもしれないって生き残りを探しに来たんだ、何か知らないか!」


 手に持った、柄の部分が少し尖ったロッドの様なものを両手で握りしめる少女に向かって、少し早口で語り掛ける。

 誤解が解けるように念じながら。


 だが、主従関係にも見えるドロンと消えた狸とセットで森の中にいたこの少女の事を考えると、一つの仮定が頭に浮かび、もはやそうとしか思えなくなった。仄暗い森のように暗い目をした少女に対して、もう一度、問いかける。



「君が――()()なんだな?」



 穢らわしい部分が葉っぱで隠されたことでカナメに焦点を合わすことが容易になった少女は、その目をつり上げ睨みつける。



「……だったら、なんなの。ここで死ぬ変態には、関係ないじゃない」



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