到底思えません
「え……カナメさん?」
口を開けっぱなしでその光景を見ていたラスターは、今しがた一瞬のうちにカナメが消え失る光景を見て、さらに大きく口を開ける。
彼の口が完全に開ききる前に、熟達した冒険者のセラは素早く索敵を済ませる。
すなわち、何らかの敵が仕掛けた罠ではないかと疑ったため。
しかし周囲には何ら気配はなく静まり返っており、聞こえてくるのは鳥の声のみ。それもこの近くとはとても言えない。
普通の人間ならば、まず聞こえないだろう。
ひとまず命を狙う脅威はない、落ち着いてこの現状を解決しなければならない、彼を探さなくてはならないと刹那の間に思考をまとめ上げた。
だが視界に飛び込んでくるのは。
「だめっ! ユーミちゃん――」
グラシエルの城を出てからというものずっと行動を共にしてきたユーミは、相棒が消えたことで斯くも混乱し祠に詰め寄り手を触れようとするが。
それを静止する形でセラが声を掛けるものの、その魔術師の行動速度も常軌を逸しており、すぐにカナメと同様苔むした祠に触れる、その手を。
「なにも……起きない……どうして、カナメ……、~ぅぐう、ぐす」
追いかけることが叶わず地面にへたり込んで、残された彼のズボンを両手で握りしめながらも、ついには涙をこぼしてしまった。
「カナメさんの何かに反応したのでしょうか……僕でも、反応しない」
泣いてぐずるカナメの横から同じように祠に進み出て、試しに祠へと手を触れてみるラスター。恐る恐る、といった様子で。
「らすたぁ~……どう、どうしよぅ……」
「僕らが持たず、カナメさんが持つ”もの”、鍵の様な物? それとも、回数に制限が?」
ユーミとは逆に、その少年は冷静に思考を巡らせて独り言ちる。
口元に右手を当て、考え込む。その逆の手は肩から下げる銃を、お守り代わりに大事そうに触れていた。
微かにその手が震えているのを一瞥して。
「ラスター君、考え込んでいても仕方がない、手分けして――」
「――見てください、セラさん。祠には文字が刻まれています。僕には読めませんが」
「……本当だ。苔に隠れてるけど、微かに」
そう言って、右手にナイフを持って苔を刃でこそぎ取ると、確かに。
「この文字はどこかで見た覚えが……全く同じではないでしょうけど、似ています。砂漠の遺跡、その入り口に刻んでありました」
はっとしてユーミも顔をあげる。
「これが、何者かの罠とは僕には思えません。そんな姑息なものではなく、もっと超常的な”何か”」
「カナメぇ……どこに行っちゃったの……」
泣き崩れるユーミを見て、ラスターは砂漠の冒険を思い出す。
この少女は絶望して、諦めかける自分に喝を入れてくれたのだ。自分が考えようともしないのに、私達が分かるわけないじゃない、そう言って。
今度は――。
「そして僕には、こんな風には思えません。”この程度でカナメさんという男が諦めるとは。どうにかなってしまうとは。その歩みを止めてしまうとは――。ついこの前、パーティーに加わったばかりの僕が彼を信じられるのに、ユーミさん。ずっと一緒に旅をしてきたあなたが彼の事を信じられないとは、到底思えませんが」
「立って! ユーミちゃん。私だって絶対守るって約束しちゃったんだから。ラスター君、アテはある?――」
このパーティーはいい冒険者に、成る。
そう考えてユーミに励ましの声を掛け、ラスターにあてはあるのかと問いかける。
「――『オエ』 デス」
「カルブ、『上』……ですか? 実は、僕もそう考えていたのです。この装置はもしかしたら召喚術士たちの”転移装置なのでは、と”」
急遽会話に混ざり込む、砂漠の遺跡から同行した、不思議な装置。歩く装置。行動する装置、カルブ。
「お人形さん、どうしてわかるの?」
たまらずセラも自ら動く人形に問いかけるが。
「キョワクハ アリマセン」
そんな、意味不明な言葉が返ってくるだけ。
ちょっと何をいっているかわからない、そう言った仕草をして。
「これは、カナメさんが持つ何らかの鍵に反応して――召喚術士たちが持つ力か何か。そこまでは分かりませんが、集落までの移動に使用したのではないでしょうか」
泣き虫の魔術師もいつしか熱を持つラスターの話に、これ以上の水分を無駄に流すことをやめる。
このパーティーの、自在に水を出す奇跡を起こす彼が不在なのだから。
「辺鄙な所に住んでいたって、必要なものは手に入れなければなりません。すべてがその集落で入手できれば別ですが。人族に危機が訪れれば力を貸すという約束……危機が迫ったというのにゆっくりと下山してくるのでしょうか」
ラスターはほとんど自分の仮定を信じ切っている。そして。
「――それに、あの人が依頼を受けると言ったのです。達成すると言ったのです。奇跡を、きっとまた起こしてくれるんじゃないでしょうか。先を越されるのも癪です。集落を目指しましょうよ」
セラが無言で、ナイフに付いた苔を一閃して振り払い腰の鞘に納め、これまでカナメが背負っていた鞄を背負う。
「ユーミさん。あなたは、そうは思いませんか?」
そう言ってラスターがへたり込むユーミに手を差し出すと、真っ赤になった目を外套の袖でぐしぐしとこすってから彼の残していったズボンで鼻をかみ、立ち上がる。
「うんっ」
力強く。
彼を信じる者が。
仲間が自身のことをこれほどまでに信頼しているという事など露知らず。
彼は、一層肌を刺すような寒さが身を包む、森の中にいた。
半裸の彼は、脅威的な異形を目の前にして、森の中でただ震えていた。




