ズボンと祠
何事かといえばどうやら、この事。
どうなるというのはこうなる、という事。
大陸側から突入したトゥリヘンドの山を、高度をあげながらも海がある側へ進んで行く。
洞窟を出てから山登りを続けていると、ゴツゴツとした岩盤地帯からぽつりぽつりと樹木が植生している地帯へと変わっていき、鬱蒼とした森林が現れてパーティーを飲み込んでいった。
”異形の森”という森に集落がある、という事前情報だったが、ここはまだ八合目には程遠い。カナメのパーティーを執拗に追い立てまわしている者たちは、その森の名の由来となった異形とは別の存在のようだ。
「ヒィィィ! あ、あいつらっ、なんだんだ!」
呼吸を弾ませながら全力疾走するカナメは誰にともなく、問いかける。
「わかんなぃぃ!」「知りませんよっ」
「見たことないモンスターだけど、きっと”蛭”だと思うよ!」
疾走しながらも器用に矢を放っていくセラが誰も回答できずにいるのを見かねて、あれは蛭ではないか、そう仮定する。
「なんでヒルに手足があって、そんでもってすんごい速度で追っかけてくるんですかぁ!」
「さぁ、ね! まあ、あらかた――血が吸いたいんじゃない?」
「ソウデス バババババ」
セラの予想とカルブの肯定が当たっているかは不明だが、確かに蛭のようなぬめっとした胴体に手足が生えていて、二足歩行で素晴らしい走行フォームを見せつけながら追走していた。
単体では大した強さではなく、カルブのバルカン砲とセラの射る矢で簡単に倒すことができる。
ただし、何しろ数が多いうえに樹上からも襲ってくるため難義しているところだった。
セラの集団戦に特化した技でさえ、太陽光を求めて枝葉を密に伸ばす樹木に遮られて使いどころが難しい状況。
「森の中では真の力を発揮できないハーフエルフ……何ということでしょう!」
自分で言って少し可笑しかったのか、しししと笑っている彼女だったが、その手も足も休めることはない。
「だめだ、もう走れないっ……あれをやる! いいか、ユーミ!」
「ん? おうけい?」
肉体の限界を超えてついには立ち止まってしまうカナメ。
何か策があるようだが、一応了承してみたユーミも彼が何をするつもりなのかは分かっていないようだった。
「カ、カナメさんっ、危ない!」
腰を曲げ、膝に手を当ててぜえぜえと呼吸をしながらぽたぽたと地面に汗を落とす彼に、当然のように襲い掛かる”走る蛭”。
焦って声をあげるラスターだったがしかし、間一髪飛び込んで鉄の杖を振るい、吸血モンスターをただの紫煙に変えてからカナメを抱えて走り出す魔術師。
「究極形態”お姫様抱っこ”!」
「何遊んでるんですか!」
「ヘンなの! 危ないんだからっ」
抱きあげられると同時に大声で戦闘形態を変更したことを告げると、ラスターが腕をぶんぶん振って走りつつ鬼の形相で睨みつけた。
「アンタたち、緊張感ないのよねぇー……」
あなたもです――とは誰も声に出さずに、
「遊んでないもん……この体勢なら、落ち着いて描ける」
呼吸を整えて大量のスクロールを、走り抜けるユーミの動線上に、描く。
「――僕の本業は、座って仕事をするんだよ。喰らえ! ”森のハイタッチ会”!」
カナメを抱きながら器用に片手を自由にして、顎の高さほどに配置してあるスクロールを、走りながらも次々タッチをして魔力を込めていく。
魔力を授かったスクロールは一瞬後、数本の光の矢を生み出して後ろを走る蛭人間の元へと飛んで行き、その体に若干の焦熱を与えながら次々と突き刺さり、消滅した。
樹上の敵は彼にはどうしようもないが、パーティーの凄腕は感覚も鋭い。それに、大量に追いかけてくる敵を捌くよりは、たまにいる木登りしている数体を相手取った方がセラも楽だった。
光の矢が打ち漏らした追手はカルブが処理をして、魔石を拾っては食べる。
「どうしてそんなへんちくりんな技が強力なんですかっ!」
「うるさい、こっちだって必死なんだよっ」
ラスターが再度、理不尽に怒りながら息を切らせて、やがて立ち止まれば、それにつられて皆も足を止める。
後方を追いかけてきた妙なモンスターは一匹残らずいなくなっていた。
「ふー。少し、休憩しよっか」
「賛成ぇ……」
服の首元をつまんでパタパタとあおいでは、地肌に風を送り込み一呼吸おいて提案するセラに、お荷物を担いで走っていたユーミもさすがに疲れて賛成の意思を示す。
後半、自身の足で走っておらず呼吸の乱れていないカナメが、鞄に括りつけられたカップを取り出し水の精霊の力を以て、その力の顕現たる水を注ぎ一同に配る。
「ね、危ないよカナメ。あんなところで急に止まったら」
「悪い。でも実際、体力の限界だったんだよ。それに、僕が立ち止まったりしたらいつもああやって助けてくれるじゃないか」
「あはは。お姫さまみたい」
(……逆でしょ)
セラが二人のやり取りに心の中で突っ込みを入れながら水を飲む。
ひとたび汗が引けば、体が冷えていくのが分かる。
走る熱量で気付かなかったが、どうも気温は下がって来たらしい。
呼吸も心臓の鼓動もすっかり落ち着き、空になったカップを地面に置いてふと、ラスターの方を見ると彼は何かを見つけたようで、首だけをそちらに向け口を開けっぱなしのまま凝視していた。
「ど……」
どうしたの?
そう言おうとして彼が見つめている方を向くと、”苔むした祠”が目に入る。
それと。
恐らく祠にも視線にも気付かずに用を足しに行ったのであろうカナメ。
ズボンのベルトをカチャカチャといじりながら木の根に躓いて転倒し、体勢を崩して祠に手を触れた彼の姿は一瞬で視界から消えた。
そのズボンだけを残して――。




