異質
「あのご老人、行ってしまったんですね。失礼な事をしました」
老人と象が残していってくれた食材を昨日の鍋に追加投入して、一行は早めの朝食をとっていた。
ずず、と音を立てて汁を飲みつつ、あからさま老人に対して態度が悪かったことを後悔する。
「まあ~、確かに怪しいっちゃあ怪しいよね。こんな山の中。現に亜竜に襲われて危ないところだったんだから」
「おじいさん、ワイバーンに襲われたのは初めて、って言っていたねえ」
椀によそった汁ものを飲み干して、ぷはー、と一息ついてセラが応えた。
そしてユーミが言うように、確かに何度もこの山を登ったことがあるものの、亜竜に襲われたのは初めてだ、と言っていた老人の言葉を思い出す。
「近年、活発化しているというモンスター同様、亜竜の気性も荒ぶっているのでしょうか」
「……その割に、あの一匹しか襲ってきていないんだよね。もっと標高が高いところを好むはずだし、今は繁殖期でもないからそれほど狂暴じゃないと思うんだけど」
「たまたま気性が荒い個体の、はぐれのワイバーンに出くわしちまった、ってことかな?」
「それはそうと! 亜竜の素材を回収しましょう。――肉は生なので持って行けませんが。牙や爪は大いに役立ちます」
ラスターの願望。ここに来る前にもぼやいていたが、亜竜の素材は換金してもいいし、何らかの道具を作るにしても特別な素材だという。何かを作ることが好きな彼はうきうきと胸を躍らせていた事だろう。
しかし残念そうな顔をしながら、亜竜戦でも一際活躍したセラが首を横に振った。
「それがね、ラスター君。さっき薪を拾うついでに見てきたんだけど。なかったんだよ、亜竜の死体」
「ええっ! 丸一匹分の素材があれば二、三年はお金の心配などしなくて済むというのに!」
「え、ほんとに? どうして無くなっちゃってんの?」
「さぁ、ね……血の染みもなかった。もっともこれは雨で流れちゃったのかもしれないけど。不思議と目に刺さったはずの矢と、止めの弾丸だけが残されてたのよ」
「生き返ったのかなぁ? 不思議だねぇ……」
はぁ、とため息をつきながら、指を顎に当てながら、額に手を当てながら、それぞれが脱力し洞窟の天井を見上げる。
「しょうがない、か……先に進もう。セラさん、爺さんが言ってた”山の八合目”ってここからどのくらいかかるんです?」
「うぅん、私だって初めてなんだから。二日か、三日か。そのくらいはかかっちゃうと思うけど。もちろん、”何事もなければ”、だけどね?」
羊皮紙の様な巻物を取り出して広げると、そこに描かれていたのは登山道、を記したものだろうか。本当にざっくりとしか記載はなく、大体どの辺がどうなっている。その程度しか記入されていない。相当に古い物のようだ。
「何事も……ね。爺さんに詳しい場所を聞いておくべきだったなぁ」
集落かどうかわからないが十数棟の家が立ち並ぶ風景を見たことがあると、老人が言っていたのを思い出してひどく後悔する。数年前に見たことがあるという程度だったから、彼が覚えているかは不明だが。
そして、何事もなければ。
この転生者にとって、パーティーにとって。
何事もない、といったことがあるのだろうか。
「とにかく。上へ、上へ。登ってみなきゃ、進んでみなきゃわからないよ!」
(そうだ、ホーリィ――)
ふと、昨夜。足元を照らそうとして呼び出した光の精霊が、以前の姿へと戻っていたことを思い出した彼は、もう一度彼女を呼び出す。すると発光する綿毛のような姿ではなく、可愛らしい妖精の様な姿を現し主を安心させてくれた。
「よかった。昨日は綿毛のまんまだったからどうしたのかと思ったよ」
『主よ。ご心配をおかけしました。実は昨夜、私の力を減退させる”何か”の影響を受けて、この姿を維持できなかったのです』
「どうしたの。昨日、何かあったの?」
心配そうな表情を浮かべて三人は、朝食の片づけをする手を止めて会話に参加してきた。昨夜の事を皆に簡単に説明して、話を戻す。
「ホーリィを弱らせる、何か? それ、僕にとって非常ーーに、まずくない?」
『一過性のものだと思いますが。現に今は顕現できております』
「ホーリィちゃんは光の精霊だから、もしかして”闇の精霊”さんが会いに来たのかな?」
『いえ……奴は所詮、単なる根暗の日陰者です。陰湿で地味で。まぁ、内包する魔力は少しばかりは高いようですがあんな奴は――』
「おいおい、同じ精霊なんだからあまりなじるなよな……」
急に同じ精霊に属するものを罵倒にかかるホーリィ。
光と、闇。
相反する者同士、仲が悪いのだろうか。
『失礼しました……似ていますが、奴にそんな力はありません。それに、あの性癖の歪み切った同胞も、昨夜は力が弱まっておったのです』
なじられると恍惚とする、シズクの事を言っているのだろう。
「やはりあの、老人が何かを仕掛けたのでしょうか?」
『下賤のガキめ。そのような事はありません。あの老人に悪意は感じられませんでした。その目は節穴ですか? ならば焦熱を以て本物の節穴を穿ってくれましょう――』
「やめろって、ホーリィ。なんでラスターにはそうなんだよ……」
『――くっ!』
ちいさな手に光の剣を具現した光の精霊ちゃんをなだめながら、昨日の事を思い出そうとする。
だが、思い出せない。何となく不快感のある夢を見たような気はするが、内容までは思い出せなかった。
『主よ。我ら、六つの精霊の中で、”闇の精霊”だけは、言わば異質、なのです』
「性格で言ったらホーリィもシズクも結構異質だぞ?」
『くっ! そういったことではありません! 火、水、風、地、光。これらは事象がありますが、闇にはありません』
「なんだか、話が難しいなあ?」
『火は燃え、水は流れて、風は吹き、大地は生命を支えて、光は、差します。闇は、何もないのです』
「……」
『闇に系統が似ている、力。”無”の影響があったのかもしれません』
「さっぱり、だ。悪い」
『もう!』
カナメの脳内はちんぷんかんぷんで、とりあえず思考を放棄する。この世界の概念だろうか、と考えてはみたもののどうやってそれに抗ってよいかはわからない。
律義に説明をしてくれる精霊に頭を下げると、彼女は聖剣へと戻っていった。
(――何事もなければ、ね)
片付けた食器類や敷物を鞄にしまって、それをよいしょと背負いながらきっとこれから起きるであろう”何事”かを考える。
「どうなることやら」




