ぞう
「――いやはや、危ないところを助けていただいて、なんと感謝を述べればよいか」
急遽、亜竜討伐をすることになったパーティーは疲労感からその場にへたり込んでしまっていて、悲鳴の主の存在はすっかり忘れてしまっていた。
唯一セラだけが、起きてんならさっさとどきなさいと言ってラスターの頭を小突いていたところだ。
声がした方を見ると、よいしょと言って彼らが一生懸命登ろうとした岩陰を降りてきたのは、老人。
頭にはターバンの様なものを巻いてドワーフ族のように髭を伸ばした彼はゆっくりとカナメ達一向に近づいていく。
「おじいさん、無事だった?」
最初に悲鳴の主である目の前の老人を発見したセラが声を掛ければ、老人は頭のターバンを取り、再度礼を言う。
しっかりとした声、背骨の曲がっていない姿勢で少しばかり若く見えるが、さぞや年齢を重ねていることだろう。
頭髪はなく、髭や眉は真っ白。
よっ、と言って半身を起き上がらせ胡坐をかいて質問すると、老人は丁寧に返答をした。
「ああ。危ないところを本当にありがとう。怪我も被害もないよ、君たちのおかげだ」
「怪我がないなら、空中を飛んだ”甲斐”があったってもんだよ」
カナメがわざとらしく、圧倒的に不利な空中戦を空飛ぶ竜に挑んだことをつげると、その動力となった魔術師はしゅんとして眉をへの字にする。
「ご老人は、こんな山で何をしているんです?」
質問を投げかけるラスターは普段の優し気な顔をしていない。
疑っているのだろう、このような山の麓、一人で行動する老人が怪しいと。
しかし、カナメはラスターの表情は一瞥しただけに留める。
魔族の存在には敏感に反応するユーミは、ただしゅんとしているだけだ。
「ああ、私はこの山から見える景色が大好きでね。何年かに一度は昇りに来るんだ。亜竜に襲われたのは初めてだが」
そう言うと真っ白な髭を撫でながら懐かしげな顔をする。とても優しそうに見える。
平地から眺めれば、かなり標高の高い、山だ。彼の言うように上から眺めればそれは壮大な景色が見れるだろう。
「今から、登るのか?」
「いいや、下山する途中だよ。そうだ。山頂付近で珍しい食材が手に入った。助けてもらった礼にご馳走したいが、いかがかな? おいそれと流通しない、高級品だよ」
「いただきますっ」
少しばかり逡巡する一行をよそに即答をする魔術師の少女。
”ごちそう”と言われればすんなり罠にでもかかるのではないか、パーティーの仲間でさえそういった表情をしている。
「すまないが、この岩場の向こうに荷物を置いてある。これの向こうにいい具合に浅い洞窟があってね。野営をするならおすすめするが」
「そうだな……いってみるか」
キラキラと目を輝かせるユーミを引き連れて再度岩場を昇っていく。
今度はカルブもラスターとともに、空中をジェット噴射で一っ跳びする。空に障害物はない。
ただし背中側から襟首をつかまれて首が締まり苦しそうなラスターの表情は何ともいたたまれないが。
先を行く冒険者セラは先ほどと同じように健脚をもって駆け上がる。ユーミもその身体能力ならばぴょんぴょんと昇れそうなものだが、後ろを行く彼に気を遣っているのか、岩肌に杖を突きさして少しずつ上る。
彼はと言えば、少しだけ身体能力を強化されただけ。
ゆっくりと正確に登って、そして反対側へと降りてゆく。
「さぁ。ここに洞窟がある。中は快適だと思うよ」
最後尾を行くカナメを待っていた彼らは、老人の言葉に促されて洞窟の中へと入っていく。
(……いつの間に、この爺さん。登ってたんだ?)
その違和感は、あれほどの腰と背中の痛みが先ほどの会話のうちに癒えていることを忘れさせるほどだった。
「おお! その力は。君は精霊を使うのかね」
薄暗い洞窟に入るなり、無意識に光の精霊に協力してもらって明り取りをする。
視界を確保し、感嘆する老人に言葉を返そうとすると、見たことのない生き物が目に映った。
「これはこれは、皆さま。危ないところをありがぞうございます」
一同が引き連れたカルブほどの体長の、真っ白な美しく可愛らしい、カナメの世界で言うところの【ぞう】の様な生き物が、器用に人語を操って挨拶を述べる。
「これは、一体……」
「これとは、おぬし、失礼だぞう!」
「まぁまぁ。彼の名は『パオ』だ。一人旅ではさみしくてね。話し相手と、荷物持ちをお願いしているんだ」
見たことのない存在を目にし、失礼にも”これ”などと発言する転生者に可愛い【ぞう】が注意をする。
それをなだめながら、どうやら老人の同行者だと説明がなされた。
「字も書けるし、力持ちでね。助かっているんだよ。私も最近物忘れがひどくてね。日記を書いてもらっている。――パオ。彼らの分の夕食も用意してくれるかい?」
「パオさん、私はユーミだよ! ヨロシクねっ」
完全に食べ物でつられているであろうユーミもぺこりと頭を下げ満面の笑みを浮かべる。
「承知しました。幸運ですよ、スパウロの巣も、ケタウコも滅多にとれるものではありませんから」
座っているパオの目の前には火の準備、薪が組まれて”Y”のカタチをした枝が二本地面に差してあり、橋を渡すように枝を乗せて鍋の取っ手を掛けてある。
「君たちは酒を飲むかい? これまたいい酒だ」
「ソーマを分け与えるのですか? もったいないです……」
長い鼻を巻き付けるようにお玉を持ち、器用に鍋をかき混ぜながら老人の提案をやんわり非難する愛らしい【ぞう】。
あまり尖っていない、口の両端に生えた二本の象牙が凛々しくも、愛嬌がある。
カナメは酒も好き。この提案には乗らざるを得ない。
先ほど、死闘を繰り広げたばかり。
それどころかうっかりカナメを投げ飛ばしてしまったユーミはこんな山中でお酒なんて! と否定もできなかった。
「私は――」
「――見張りは私がするから大丈夫だとも。安心するといい。パオもね、それなりに戦えるよ。強めのゴブリン程度ならね? 見た目はこんなだが」
まるでセラが何を言い出すか知っているかのように、先回りして酒を勧める。
セラも酒を携帯していたくらいだから、嫌いではないのだろう。
「それじゃあ、いただくよ!」
安心しきって、荷物から白い陶器の様な瓶を取り出す老人に言う。
見た目は少女の様な彼女は、ハーフエルフ。この世界には飲酒の年齢制限はないようだが、どちらにせよセラは転生前のカナメよりも、ずっと年上だ。
「――ご老人。山を下りてくる途中とおっしゃいましたね? 道中、何らかの集落を見ませんでしたか? 或いは、何か、知っていませんか?」
ラスターだけが、どこか懐疑的に質問を投げかけた。




