油断
とげとげしく鋭い牙の隙間からチカチカと光が漏れる。
少し距離を置いた二人にも亜竜が何らかの攻撃をしようとするのが分かり、焦りの感情が加速していた。
「ユーミ、げほっ! (あいつ何かする気だぞ!)」
「どうしよう! きっと”ブレス”だよっ、魔力をおなかで練り上げて炎や氷の息を吐くんだって、本で読んだことがある!」
颯爽と亜竜との激戦を繰り広げる彼らの元へと急ぐが、怪力の魔術師はまだカナメの襟首を後ろ手に掴んで、地面を引きずるような形になってしまっている。
「し、しぬぅ……離して」
「だめっ! 間に合わない! ――ええいっ!」
上空では亜竜が滞空して羽ばたきながら大きく空気を吸い込み、腹部を膨らませていた。
頭を軽く後ろに傾げ、勢いをつけてブレスを吐き出そうとする。しかし。
「ああっ! 間違えたぁ!」
ユーミが叫ぶ。
大きく振りかぶって最大級の力を込めて”鉄の杖”を亜竜に向かって放り投げた。
つもりになっていたが、しかし焦りのあまりその剛腕で今にブレスを吐き出そうとする亜竜に投げつけたものは、襟首をがっしりと掴んでいた”カナメ”だった。
「キャーっ!」
まさかぶん投げられるとは思いもしなかったカナメだが驚きのあまり、キャーと叫んでしまう。先ほどまでは地面を引きずられていたはずが、急に虚空に放り出されて取る次の行動はといえば、ばたばたと手足を動かして何か掴めるものを探す。
藁にも縋る思いで掴んだのは、亜竜の顎。
今まさに真下にいる、自分の片目を射貫いた忌々しい二足歩行の生物にとっておきの火炎のブレスをお見舞いしようとした亜竜は、なぜか翼も持たずに体一つで飛んできた人間に下あごを抱きつかれ、強制的に口を閉じられる。
勢いをつけて吐き出そうとした火炎のブレス。行き場を失くしたエネルギーは、堅い鱗に守られたその内部で暴発した。
「あちちちっ」
牙の隙間からはみ出たブレスに驚き、ここが上空だとはすっかり忘れて思わず手を離す。
飛翔する能力を持たないカナメの行き着く先は、地面だ。
「ヒィィィッ! たーす! 助ーけでぐだしぃい~!」
口から黒い煙をあげる亜竜と一緒に落下するカナメはいつもおなじみのみっともない悲鳴を漏らしていた。
走馬灯のように、この世界での出来事が頭に浮かぶ。
素っ裸での荒野転生。
ひもじい町での生活。
お城の牢で砂粒を数えて遊んだこと。
鎌で裂かれた背中の痛み。
砂漠の遺跡での溺死寸前の脱出。
楽しいトロッコ。
(くっそ! 腹が立ってきた!)
なぜか落下している時間がゆっくりに感じられる中、仰向けの向きのまま手足を放り出すしかない状態。
そのわずかな時間のなか、首だけひねって地面との距離を目算する。
しかし、仲間のピンチを。
みすみす彼が落下するのを眺めているような彼女ではなかった。
たとえこのピンチを作ったのが、この怪力の魔術師自身だったとしても。
しっかりと彼が落下するであろう地点まで駆け込んで、受け止める準備にとりかかる。
両手を前に出してお姫様抱っこをするつもりだったようだが、あまりに勢いよく駆けこんでしまったがために、止まり切れずに想定した地点を通り越してしまう。
「とっとっと……」
キュキュッと停止して後ろ歩きで位置を調整するが、思ったよりも落下のスピードが速く、お姫様抱っこは断念することになったらしい。掌を上に向けて体の前方で構えていた手を急遽、万歳の格好にして頭上で受け止めることにしたようだ。
(だめ。ユーミ……その体勢で受け止めちゃ、らめぇ……!)
大きな質量を持つ亜竜が強烈な振動を伴って地面に叩きつけられるのとほぼ同時刻、ユーミの”アルゼンチンバックブリーカー”が炸裂した。
「カナメ君……生きてる?」
すぐ近くで倒れ込んでいる、ラスターを救ったハーフエルフのセラが声を掛けてくる。
「生きて、ます……僕の下半身、まだくっついてますか?」
強烈な背中と腰の痛みに耐えて何とか声を出すと、天に掲げたガラス細工を扱うようにゆっくりと地面に降ろされて、ユーミが泣き出した。
「カナメっ……ごめ、ごめんなさぁい……鉄の杖と間違えて」
「ああ、大丈夫だよ、足の感覚はある。ちょっと驚いたけど助かったよ、ありがとう。――『ありがとう』かな? この気持ちは『ありがとう』で合ってるよな?」
地面に叩きつけられる寸前で助けてくれたとはいえ、それまでの一連の流れを思い出してみると素直に感謝するのも違うような気がしたが、首をぶるぶると振って気を取り直す。
「これで、亜竜ワイバーンの撃退――」
完了だ。
そう言おうとして地面に倒れ込んだ亜竜の方を見ると、まだ絶命していなかったその怪物は、大口を開けて一同が一カ所にまとまったこちらに向けて”ブレス”を放つところだった。
再度、走馬灯――
今度は、楽しい”人間マフラー”の記憶も仲間に加わって。
――が脳裏に浮かんだ。
しかしブレスが一同の体を焼くことはなく、代わりに〈どぅん〉と重低音が聞こえたかと思うと、セラが抱きかかえたラスターが”自慢の銃”を亜竜に向けて煙を出していた。
”自慢の鱗”は堅く貫くことは難しいだろうが、大口を開けている隙に至近距離で放りこむ銃弾は亜竜ワイバーンといえども、耐えることは困難だったようだ。
「ふぅ、皆さん。油断しないで下さ――」
「――お前が言うなよな?」
亜竜ワイバーン単独パーティーでの撃退に、成功。




