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堅い鱗は大層ご自慢

 仮初(かりそめ)の宿を見つけたところで悲鳴が聞こえ、皆で頷きあう。


「行こう」


「あっちの方から聞こえたよ!」


 ユーミが指さす方を見ながらセラも賛成する。


「冒険者か、それとも――。どっちにしろ、助けに行かなきゃ」


 駆け出しながらも弓に弦を張り右手に淡く光る紫色の矢を出現させる。


「魔族でしょうか?」


「なんにしても、だ!」


 背負っていた荷物を放り投げたカナメは、進路を阻む岩肌を足と手を使って昇り始めた。


 対照的に、身軽なハーフエルフの冒険者はひょいひょいと高山地帯に住むヤギの様に岩場の出っ張りをうまく利用して一息で昇っていく。


「くっそ、身体能力が全っ然、違うなぁ!」


 本当に才覚ある逸材を目の前にし、やはり精霊王は人選を間違っていたのだと心の中で再確認をして着実にとっかかりを掴んでは重心を移動させて昇っていく。


 左手、右足、右手、左足。

 繰り返して結構な距離を昇って来た。転生の際、精霊王が施してくれた身体強化の賜物だろう。

 左手の次のとっかかりを探していると丁度、左斜め前方を昇っていた自称非力な発明家が、左手で掴んだとっかかりが崩れて下に落ちていくところだった。


「……先行ってるぞ、ラスター!」


 このくらいの高さから落ちたくらいなら、死にはしないだろう。この世界の人間は、やや頑丈だ。

 ――怪我くらいはするかもしれないが。


 カナメの隣を通り過ぎたその一瞬後にガコッと音がして首だけ振り返ると、後方を昇ってきていたカルブにラスターが衝突して、ともども下に落ちていくところだった。


「すみません、カルブ! 僕のせいで――」


「――ソウデス」


(ドジ! ……そもそもカルブは飛べるだろうが!)


 心の中で罵倒しながらも一歩一歩、岩肌をよじ登る。

がつがつと音がする右側を見ると、ユーミが右手に持った鉄の杖を岩に突き差しながら登っていた。


 無言で、右手を落ち着かせるための出っ張りを探していると、先に昇っていったセラの声が聞こえてくる。



「ちょっと……カナメ君、撤退して! ワイバーンだ!」


 いつになく焦ったような調子の声で、撤退を促す。

 数パーティーで策を講じて討伐するほどの生物だという、亜竜。


 熟達の冒険者セラは何度か矢を射る風切り音を響かせてから、飛び退いてカナメ達の視界に入ってきた。

 ――と同時に、地底で戦った”螻蛄”よりも大きな胴体に、グリフォンよりも大きな翼をはためかせて何者かが飛び込んでくる。爬虫類の様な面構え。まさに図鑑で見た恐竜だった。

先ほどまでセラがいた場所でがちん、と大きな口を閉じる。

 どうやら二足歩行の獲物を”齧る”つもりだったらしい。


 あわやせっかく駆け上がった岩場を転落する寸前、普段は矢尻を放っている右手で手ごろな出っ張りを掴み、ぶら下がりながら声を張る。


「足場が悪くちゃ不利だ、下まで降りるよ!」


 そう言ってせっかく掴んだ出っ張りを手放して、登った時と同じように器用に跳ねながら岩肌を降りていく。

 岩場に張り付いたままのカナメとすれ違うと同時に、


「襲われていた人は無事だったよ。後は、アイツをどうにかすりゃー!」


 セラが悲鳴の主は無事であると伝えてくる。



 青緑色に光を反射する艶めかしい鱗を雨に濡らしながら大きく旋回してくる亜竜は、その顎に何も捕らえられていないことにいら立っているようにも見えた。


「アイツ、怒ってないですか――!」


「――喜んでるのかもよ! 獲物が歩いてきた、ってね!」


 不吉な事を言って岩壁を駆け下りながら、一矢、二矢と。しかし報いることは出来ずに瞬速の矢は鱗にはじかれて宙に霧散した。


「うそうそうそ!? 堅いぞアイツぅ~」


 一気に駆け下りてきた岩肌の、最後の足場を大きく蹴り込んで地面に着地すると同時に、入れ違いで地面を飛び立った一人と一体と目が合う。

 残像すら残るのではないかというほどの凄まじい速度で離陸したそれは、確かにカルブとラスターだった。


 落下してしまった時間の損失をカルブの飛翔で埋め合わせようと決死の離陸をしたものの、それは大きな誤算となる。


 先ほどまでは何もなかったはずの上空には、今では大きな障害物があるからだ。



 優雅に旋回をして頭をこちらに向けた亜竜のどてっぱらに揃って頭をぶつけて上昇をやめた彼らは、飛び上がった速度よりもいくらかゆっくりと落下してくる。

 衝撃的な速度の人間弾丸をぶち込まれた亜竜はしかし、翼を数度バサバサとはためかせて一度は崩した体勢を立て直した。


 それでも、無傷。


 獣とも鳥ともゴブリンとも言えない恐ろし気な鳴き声を上げながらも数匹の人族を見据えて、空中にとどまる。

 竜の表情など汲み取るスキルは誰も持っていないはずだが、はっきりと”怒り”に染まっていることを確信していた。



「大丈夫かよ、あいつら!」



 仲間の身を案じながら、非常にゆっくりと岩肌を降りていくカナメ。

 高所というのは、登る時より降りるときの方が怖いものだ。



「ラスター! カルブ! カナメっ、行かなきゃ」


「ああ! だけどちょっと高ぐぇ――」


 岩肌に突き刺した鉄の杖をよいしょと抜き取り、跳躍しながらもカナメの襟首をつかむ。威勢よく答えたはいいものの、捕まれた襟で首を絞められた彼は潰れたトカゲの様な、情けない声を出した。


 滞空していた状態から勢いよく滑空して、先ほど自身にぶつかって来た落下していく生身の方の獲物を狙う亜竜はしかし、再びその目的を阻まれる。ハーフエルフのギフテッドによって。


「目ね~、目、目、目。そりゃ~堅い鱗は大層ご自慢だろうけどさ……」


 神経を尖らせ集中し。

それでいてぶつぶつと何か独り言を唱えながら弓を引いていく。今までよりも一回り大きく、一際明るく紫色に発光する魔力の矢。


 ばしゅん、と音を放つとほぼ同時、それほど近くない位置にありながら一瞬で竜の目に悲劇が訪れる。

 その大あごに立ち並ぶ鋭い牙が落下するラスターの体に食い込むというまさに寸前、降下する竜の片目にセラが放った紫光の矢が突き刺ささる。


 両方の翼を地面と水平に、最大の空気抵抗を以て急停止した竜は、脳を揺らすのではないかというほどの悲鳴を上げ、器用には見えない手で目の辺りを搔きむしっていた。


 片や、矢が命中したことなど疑いもせずに瞬足で走り出した射手は、地面に落下する寸前のラスターに向かって両手を前に伸ばしながら飛びつく。


「ふぃ~、危な~……」


 彼を落下の衝撃から守る為に飛び込んだ勢いを、ゴロゴロと転がることでひとしきり殺したあと、仰向けになって少し大きめの革手袋。その甲で冷や汗を拭って安堵の息を漏らす。

 そうして瞼を開けると、上空にはまだ。


「……あぁ~、”ブレス”、ね――」


 上空ではさぞや怒り狂っているであろう亜竜がどんよりとした雨雲を背景に。

カチカチと鳴らす牙の隙間から喉元で発光するエネルギーを、揺れる枝葉から差す木漏れ日の様にチカチカと覗かせていた。

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