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もうひと踏ん張り

 頭を巡る思考を振り払うために黙々と食事を口に放り込んで、一休みしながら談笑していた話の内容も頭に入っていない。



 食材がカラになって熱を失った鉄の鍋の内側を、乾燥した植物を丸めて作った即席のたわしの様なものでごしごしと擦り、これまた即席の竈を足で蹴り崩す。


「さ。もうひと踏ん張り――ってわけにはいかないね。大分、踏ん張らなきゃ」


 立ち上がって伸びをしながら、弓の(つる)を入念に確認する。


「帰ってきていないという冒険者の方々、無事でしょうか……」


「無事でも、無事じゃないとしても。確かめなきゃいけない。後続の冒険者はね。あとはまぁ、祈るしかないっしょ」


 何に。

 祈るのか。


「実際問題、本当に魔族が――」


「――いると、思う」


 いるんでしょうか。そう言おうとしたカナメの言葉にさらに言葉をかぶせてくる、悲壮感さえ漂ってくるような表情の、ユーミの”勘”。


 彼女の、こと魔族がいるという勘は今まで的中している。

まじめな顔でその表情を覗き込む男二人を見て、熟練の冒険者である彼女も何かを察する。


「強敵相手は初めてじゃあないけど、厳しい戦いにはなるんだろうね……たどり着くことが前提だけど。ボーナスをもらわなきゃ――さ、今度こそ出発するよ!」


 そう言ってそびえる山を見つめるセラ。


 つられるようにして霊験あらたかなトゥリヘンドの山を見上げる一同。

雲に隠れて山頂を見ることは出来ないが、大きな鳥が数匹飛んでいるのが確認できた。

 この距離からでも胴と翼の形が分かる。

 あれが、亜竜。ワイバーンなのだろう。


「ちなみにワイバーンてのは、駆け出しの冒険者でも勝てる相手なんですか?」


「あー、ワイバーンを単独のパーティーで討伐した、って話は聞いたことがないね」


「ちょっ! 何匹もいますよ、あそこ! 飛んでます」


「普通は、平地まで降りてきた亜竜を複数のパーティーで、策を講じて狩るんだよ」


 自嘲気味。

 苦笑いを浮かべながらセラが応えた。


「死地に赴く、っていうのはこういうことを言うのでしょうね……」


「後悔してるか? ラスター。僕たちに付いてきたこと」


「まさか! 亜竜の牙や爪。そういった素材はひと財産築けます。新たな発明品にも使えますよ! 彼らはモンスターと少し違って死しても魔石にはならず、素材がとれるらしいのです」


(勝てる気でいるよ……あんまりワイバーンとかいうのに遭遇したくはないんだけど……)


 しっかりと自身でフラグを立てながら、尻を叩いて砂を落とす。


「行くしかないかぁ」


「日暮れまでに、天気が崩れないといいけどね」


 得物の点検が終わったセラと目を合わせて頷き、いつものクソデカリュックより小さめの鞄を背負ってから両手で頬を挟み込むように叩き、気合を入れる。

 いつもながら、危険な冒険。

 慣れたわけではない。

 行くしかないから、行くだけだ。


 少しだけ重くなりかけている空気に気まずさを感じて、思わず語り掛ける。


「なあ、カルブ。お前は怖くないのか?」


「シラナイコトハ キョワイモノデス」


「お前は知ってんのかよ」


「キョワイトイウ コンジョウハ アリマセン」


「なんだそりゃ。感情、か?」


「ソウデス」


 いまいち要領を得ずこれ以上ないくらいに眉間にしわを寄せて、はぁとため息をつき歩き出すカナメ。


 それに続いて、彼を信じる者たちが後に続く。


 そびえたつ山は近くに感じるが、それはただ、山が余りにも巨大だから。



***



 再び歩き出してどのくらい時間が経過しただろうか。先頭を行くセラの呼吸は弾み、息は白んでいた。

 数体のそれほど驚異的ではないモンスターや、いつだかのグリフォン。

道中、モンスターとの遭遇がなかったわけではないが、セラの射る矢でそれらはあっという間に命を断たれ、後ろを行く少年少女の出る幕はなかった。


 いつもであれば太陽は一番高いところをとうに過ぎ、登った方と反対側へとゆっくりと沈み始める頃だろう。

 今日はと言えば、厚く暗い雲がそれを見ることを阻み、今がどのくらいの時間なのか分からずにいた。

 もっとも、どのみち時計がないから太陽が見られたところで正確な時間は分からないが。



「少し、標高が上がって寒くなって来たね。そろそろ――おっ?」


 後ろを振り返ってカナメ達に話しかけながら、形のいい鼻の頭へぽつりと雨が一粒落ちたのを感じて両手を広げる。利き手と逆の手に装備した革の手袋に水滴が落ちて、そのまま手袋へは染み込まずに流れ落ちた。


 ぽつり、ぽつりと。


 雨が降り始める。


「――雨ですっ! ああっ、恵みのぉ雨ぇ、あっはっはっは」


 砂漠生まれの少年はまだ雨が降ることを有難がっているらしく急に大声をあげて、やや前を歩くユーミをびくっと驚かせていた。


「おい、びっくりさせんなよ、ラスター。それに騒ぐな」


 やれやれといった仕草でラスターに注意をしながら、セラの表情を伺うと、特別焦ったりしている様子もない。懸念していた雨だったが、どうやら当初の目論見通りの場所までは順調にたどり着いたらしかった。


「さぁさ。あんまし濡れるのもよくないし。そろそろ雨風をしのげる場所を探すよ?」


 セラの言う通り雨も風も先ほどより強くなってきて、少し遠くの空からはごろごろと犬の様に低く唸る雷の音も聞こえる。


 人間数人が入り込めて、ある程度天井や壁の様なものがある場所。

きょろきょろと周りを見渡したカナメは丁度、岩壁に窪みの様な場所があるのを見つけて指をさしながらセラに向かって二カッと笑いかけた。


 セラもまたカナメに向かっていいね、といった表情をして二回うんうんと頷いたところで。



「――ひぃぃぃ! たすけておくれぇぇ」



 聞こえてくる、悲鳴。

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