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朝ごはん


「起きろ――――!」


 大声と同時に、ガンガンガンと金属を打ち鳴らす轟音。

心臓に悪いお目覚めの合図をしてきたのは、ギルドの受付嬢兼、手練れの冒険者セラだ。

 布団を寝床から端の壁まで吹っ飛ばす勢いで目覚めると、きゃははと笑って機嫌良さそうにしている彼女が目に入って来た。


「セラさん、心臓が止まったらどうするんです!」


「ごめんごめん。なんだか無性にいたずらをしたくて」


 反省したようで、鍋とお玉を持った手をだらんとぶら下げ神妙な顔をする。

ここは、ガラルドの奢りで宿泊したおなじみの宿。

食事もまずまず、風呂もまずまず。

 まだ十分に発達していないこの世界の一級の宿の水準をクリアしているのだろうが、宿泊者以外の立ち入りを許すというのはいかがなものか。


「ねむたいよぉ……」


 いつも少しだけ癖のある髪が、寝起きではぴょんぴょんといろいろな方向に跳ねている剛力の魔術師もいささか不満気だ。


「今日から危険な依頼なんだから、もう少しゆっくりさせてくださいよ!」


「それが、そうもいかない。どうも天気が崩れそうなのよ。早めに出立して野営地を探す。それとも平野で雨の中、テントだけで過ごす?」


「……わかりました、早めに出て雨をしのげるような場所を探しましょ」


「うんうん。冒険者は天候さえも気を付けてないと体を冷やしてピンチになりかねないからね、わかってくれりゃあいいのよ」


 そうして明るくなっている外を腰高の窓から眺めると、太陽は見えない。

ぐずついた雲の切れ目から少しだけ光の筋が差しているが、確かに一雨きそうだ。


「先に、ギルドに行って打ち合わせしてるね。朝食を済ませたらカナメ君達もおいで。それから出発しよう」


「わかりました。ささっと済ませて携帯食を補充してから行きます」


「頑張ろうね。――絶対に私が守るから」


 先ほどまでのあどけない少女の様な表情はどこへやら、凛々しく唇を結んで決意表明する冒険者の先輩。

 心強く思いながらも、もう少し穏便に起こしてくれれば。

少しだけ残念な気持ちを抱いて準備を始める。


 ユーミとの二人旅の時より少し広い部屋。

四つあるベッドを三人で使い、余った一つに荷物を置いている。


 食事も魔石、横になって眠ることさえ必要のないカルブはおもちゃのように壁にもたれて座っていた。強力な攻撃手段となりえるが、黒の聖女様曰く、貴重な【賢者の石】を食わさなくてもいいように立ち回りたいところだ。

 一つはドワーフの町のディフェンシブに補充してきた。

残りはひとつ。文字通り”切り札”だ。


 ガラルドの好意で、戻ってくるまでは荷物を預けておける。

山越えをするにはいつものクソデカリュックでは大きすぎるためだ。


「準備はいいか? 場合によっては――いや、どう考えても、敵に襲われる。モンスターか、魔族か」


「ええ。蹴散らしてやりますよ」


「おうけい」


「それじゃ、行こう――」


「――朝ごはんに」


「まあ、そうなんだけど……」


 何とも締まらない出発の合図をして、朝食を頂いて露店でぱさぱさに乾燥した携帯食を補給。

冒険者ギルドへと向かう。




***




 いつもながらギシギシと軋んだ音を立てる扉を押して開ければ、早朝だというのに冒険者が十数人、依頼書を張り付けたボードを熱心に眺めていた。

 彼らは彼らで、依頼をこなさなければ飯が食えない。割のいい依頼を受託するには依頼が新しく増えるかもしれない早朝が有利だということは想像に難くない。


 報酬カウンターは、空席。

代わりにパティエナが(早朝とは言えセクシーに)せわしなく仕事をさばいている様子だった。

先にギルドに到着していたセラが事務仕事のフォローをしながら会話をしている。


「お。来たか。パティエナ、それじゃちょっと出かけるね。マスターの命令とは言え、ごめん。仕事を増やしちゃってさ」


「あらあら、いつになく殊勝じゃない、セラ。なんとか報酬カウンターの仕事もやっておくから、約束してね?」


「わかってる、って。ボーナスがでたら埋め合わせするよ」


「何言ってるの、そんなのは当たり前。それとは別に約束なさい。絶対に無事で帰って来るって。その子たち含めて、ね?」


 この世界では高価な紙の書類をカウンターの天板にトントン、と当てて整えながら、少し手を止めてセラの目を見ながら約束を取り付ける。


「わかったよ。できるだけ早く帰るから例の新しくできたお店にいこ」


「ええ。私の命を救ってくれたあの子たちを助けてあげてね。それと、カナメ君?」


 セクシーに名を呼ばれ、直立不動でカナメはハイと返事をする。


「セラは、あなた達を絶対に守るから。あなた達はセラを守ってあげて?」


「もちろん――」


 どこか悲し気に、臨時のパーティーの無事を懇願するパティエナ。

彼女たちのすべての所作から互いに信頼と、心配と。

感情が読み取れる。


 もちろんです任せてください、と言おうとすれば二階から物音がして騒々しい大男が降りてくる。


「来たな、糞ガキども。いいか? 依頼の達成よりも、おめえらの命を優先しろ」


「いいのかよ、ギルドマスターの立場でそんなこと言って」


 ギルドへの依頼が達成できないでは、沽券にかかわる。のではないだろうか。

 しかし当のギルドマスターであるガラルドは、そんなことより命を守れ、と言う。


「亜竜ワイバーンが巣くってる南東の山トゥリヘンドは標高も高く、道のりが険しい。それに加えて、召喚術士達が暮らしてたっていう、『異形の森』は昔からいい噂を聞いたことがねえ。

――普通の人間にとってはな。楽観的に進むのは、あまりにも危険だぜ?」


「わかってるよ。この世界であまりにも危険って言われた時は、大体本当に危険だからな」


 亜竜、道のりの険しい山、異形の森。

いくつかの言葉を聞いただけで危険だということは想像に難くない。


「それじゃ、ささっと行って帰って報酬をもらうとするか」


「おうけい」「行きましょう!」「ソウデス」



 ガラルドと目配せをしてから、来た時と同じように軋む扉を開け、ギルドを後にする。


 この世界で二度目の”隕鉄級依頼”

一行は召喚術士の生き残りを探しに、南東の山トゥリヘンドへ向かう――。


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