チュートリアル
――試練。
セラの言葉に合図を受けたかのように、湿地から図体の大きな”蛙”が飛び出してくる。
座している状態で、その体高は小柄なセラの二倍といったところ。
表面はどう見てもぬるぬるしており、毒々しい色。
――それが、三匹だ。
「セラさんっ! 大きいですよ!」
「ああ、大丈夫っしょ」
傍観するセラをよそに、”青銅”級冒険者たちは奮闘する。
先ほど激を飛ばされた前線の壁役は、大きな盾で下を伸ばしてくる攻撃や、飛ばしてくる消化液などをはじいている。
故郷に帰れとまで言われたシーフの様な少年も細やかに動いては蛙の動きを確実に読み、逆手に持ったダガーで切り裂く。
「……結構、強くないですか? あの人達」
「ん? そう見える?」
「みんな、しっかり連携してるよっ」
少人数の戦闘しか経験のないユーミも同じような印象を受けているようだった。
同じように先ほどはしょんぼりしていた弓使いの男は確実に矢を蛙の背中などに突き立てて行っているし、剣士であろう両手剣を携えた男も、一手二手と剣戟を浴びせ、決して悪い動きには見えない。
「あの蛙はさー、図体はでかいけど。はっきり言って”雑魚”なのよ」
「そ、そうなんですか?」
「んー。仕留められないのは、あいつら全員が全員補助に回っちゃってるからなんだよね……今回の依頼はモンスター討伐の個別報酬はないからね。山分けなのよ」
山分け。
つまり、道中何体モンスターを討伐しようが、魔石をギルドで買取して出た儲けについては分配される。
リスクを冒して我先に討伐するうまみが、ないのだ。
「あ、じゃあ。さっきのグリフォンの魔石も山分けなんだねえ……」
「そういうこと! ――だけど、誰かが倒してくれるだろう、なんて甘っちょろい意識でこの先やっていけるわけないよね」
半目に半笑いを浮かべながらセラが話す。
それにしても、歴戦の冒険者、物騒な通り名がある割に、このセラという人間はいささか幼すぎるようにも見えた。
「そんで、この私が『その身に恐怖を~』、なんてこと言いながらこれだけで終わらせるわけないじゃない。尤も、命の危険はないけどね。――ほらっ、見て!」
セラが指さす方を見ると、大蛙の消化液でどろどろの舌が、しゅっと伸び後方の薬師の様な女に巻き付いた。
もともとパーティーでは補助役、――治療魔術の希少さからパーティーに入れることも多く、一般的に荷物持ちを兼任することが多い――である薬師は戦う術を持たないことが多く、
あ、という間に蛙の口の中に納まった。
「ちょ、食べられちゃいましたよ!?」
ユーミも杖を構え、ずっと傍観していたラスターもこれには驚き、身を乗り出してセラに助けなくてはと訴える。
だがセラはラスターを手で制してなをも続ける。
「あの蛙ね、ただでさえ鈍臭いうえに、獲物を飲み込むと一段と鈍くさくなって、正直ゴブリンの方が強いまであるのよ」
「で、でも」
「ある程度手傷を負わせれば、獲物の消化に回すより傷の治癒に魔力を回したいからすぐに吐き出すわ。……ま、粘液でずるずるになった子には悪いけど。これで小さな依頼とはいえ、油断しないようになるでしょ」
とは言ったものの、冒険者の一人が得体の知れない大蛙に飲み込まれたことで一同ははっきりと混乱してしまい、後方の弓士、素早く動いていたシーフまでもが残った二匹に飲み込まれてしまう。
「あっれー……思ったより、機転が利かないのね……」
「助けましょう!」
「もう少し、彼らを信じてやってよ? ほらー、剣士君! まだ助けられるよ、諦めんな!」
まるで、自分の兄弟がもう自らの力で窮地を脱することは不可能だ、と言われたようにさみしそうな表情を浮かべたセラは一転、跳んだり跳ねたりしながら残った冒険者達にエールを飛ばし、その声を聴いた剣士は確かに剣の柄を握り直した。
そして剣を振りかぶって跳躍、頭上に構えた剣を、垂直に振り下ろす。
げこぉ、と断末魔を漏らした一匹の蛙は、セラの予告通り薬師の女を吐き出し紫煙を上げながら魔石だけを残していった。
モンスターの討伐とパーティーメンバーの救出を同時に成功させた剣士を見て、残りのメンバーも士気を高揚し蛙に立ち向かう。
壁役の戦士も攻撃役に回る。腕力を以て大盾を振るい、蛙の横っ面にバッシュを叩きこむと盗賊風の恰好で軽装備の女が大蛙の眉間にナイフを刺す。
「思い出すなぁ」
「……え?」
小さくぼやいたセラの言葉を聞き逃さずに聞き返すと、ちょうど冒険者たちは三匹の蛙の討伐に成功したところだった。
またもや小さく、よしっ、と独り言を言うとセラは冒険者たちの方へ駆けて行って、吐き出された者たちのケアを始める。
「僕の”銃”は強力な武器だと自負していますが、後方支援という括りではあの方に勝てる自信がありませんね……」
ラスターがさっさと駆けていったセラの後姿を見ながらぼやく。
確かに、あのくらい明け透けな性格の人間が後方にいてくれると、戦力とは別な部分でも心強いと思えるのかもしれない。
そうこうしているうちにセラが戻ってくる。
「さあさ、この先の岩場で休憩にしようか」
***
岩場に腰かけてクソデカリュックから水と携帯食料を取り出してユーミとラスターに渡す。
カルブには適当にあった魔石を食わせる。
カナメも荷物を岩陰に置いて、あまり味のしないパンの様なものを齧って水を飲んでいると、セラが話しかけてきた。
「やーやー、どうだい? 後輩たちの活躍は」
後輩と言われても当の本人達には全く持って『先輩』などといった自覚はない。
成り行きで加入した冒険者ギルドでたまたま最初の依頼を受け、なし崩しに隕鉄級に昇格したのだ。
正直にそのままセラに話す。
「ええと、正直言って僕は先輩ってのも冒険者、ってのも自覚がないんですよね……」
となりではユーミがうんうんと頷き、正確には冒険者としては登録していないラスターは興味深そうに聞いている。
初めは向こうの方でそれぞれ休息をとっていたらしい『後輩』達もこちらに興味があるのかぽつぽつと集まって来た。
「まあ、それもしょうがないけどね。アンタ達にとっては冒険者ギルドの依頼なんてのは”ついで”だもんね~」
「ついで、って言われちゃうと、その……」
周りには冒険者を生業として生きていこうとしている人間たちが集まっているというのに、その言い方は角が立つ。
そう思ったが、怒り出す者はおらず、どちらかと言えば何の”ついで”なのだろうか。
そう言った疑問が浮かんでいるように思われた。
「そうだ! 今日は、この辺りで野営していこうか! そろそろ日が暮れてくるし、カナメ君にはこれを分けてあげよう」
「そ、それは!」
お酒だ。
少し歪な形をした、大きな木の実をくり抜いて作ったであろう水筒をちゃぷちゃぷ振って見せる。
「私が見張りをしてあげるから、ラダ・クリッタに着いたらちょっと奢ってよ? 大丈夫。この辺りのモンスターならこの位置からでも一掃できっから!」
にしししと歯を見せて笑ってくれる。
その仕草も腕の立つ冒険者としては、やはりだいぶ幼く見える。
自前のカップに酒を注いでもらって少し口に付ける。
「うまいっ、けどこれは、濃いですね……」
色は透明。
香り高く、フルーティな味わいだが、何で作られているのだろうか。
この味なら水で割ってもうまそうだと思い、水の精霊を呼び出した。人魚の様な姿の少し歪な性格をした精霊が間髪入れずに現れる。
「シズク、これを水で割りたいんだけど」
『あ、主様ぁ~、酔わせてどうするつもりなのですかあぁ~ん』
「僕が飲むんだよ、早くしてくれない?」
『いけずぅぅ~ッ』
両手を頬にあて、魚の下半身をくねらせながら恍惚とする。
すると、カップに一滴、水が落ちたかと思えばぐいっと水位が上がり、カナメが思った通りの水量になる。
「うんうん、いいじゃないか! ちょうどいい量だ」
『あ、はい……』
「ところでお前の水って、汚くないよな? 人体に害はないのか?」
『ひどいですぅぅ~、主様~ッ』
やっぱり、この水の精霊はこういう性格のようだ。
褒めるとリアクションは薄く、けなせば喜ぶ。
かの精霊王に似ているためか、冷たくあしらうことに良心の呵責はなかった。
カップの水割りの酒を一口飲んでみる。程よく冷えた果実酒の水割りは五臓六腑に染みわたった。
「ああ~、うまい! 外で飲む酒はうまいなぁ~」
存外、精霊の力で生み出した水は悪くない。
それに、野外。それも夕暮れどきに素朴なカップでいただく酒は転生後も変わらずに美味い。
そうやって酒を楽しんでいると、周りの目があることをすっかり忘れていた。
「あれまー……カナメ君は、精霊使いとしてすっかり開眼しちゃってるんだねー?」
セラが目を見開いて驚いていた。
そんな彼女の目の前へと、空中に浮いた小さな波に乗ってひらひらとシズクが近づいていく。
『あらぁ~、御機嫌よう。『エルフ』の娘よ』




